第296話

「失敗しましたね」

「失敗と言うより敗北よ、これは」


 確かに『普通の女の子からアイドルに戻す』という目的は達成した。しかし、瑛斗えいとの機転が予想以上にナイスプレーだったのだ。


「ここまでされたら、私たちには何も出来ないわ」

「そうですね。今日のところは大人しく引き取りましょうか」


 紅葉くれは麗華れいかがそう言って離れた場所にいるノエルに背中を向け、ショッピングモールを後にしようとした瞬間。


「どこに行くつもり?」

「「うぐっ?!」」


 2人は餅を喉に詰まらせたような声を発しながら、襟首をぐいっと引っ張られてしまう。

 振り返ればそこにはいつの間にか瑛斗が立っていて、いつもと変わらないはずの表情から黒い何かを溢れさせていた。


「あ、あら、奇遇ね。瑛斗もここにいたの?」

「ぐ、偶然ですね! 私たちも買い物に……」

「全部バレてるから言い訳はいいよ。それより必要な言葉があるんじゃない?」

「本当になんのことかしら……」

「まだとぼけるんだ?」


 短くため息をついた彼は、ポケットから取り出したスマホの画面を見せる。

 そこに映っていたのは奈々から送られてきたメッセージの通知。誤送信に気付いて消されてしまう前に、動かぬ証拠として保存しておいたのだ。


『ノエル先輩が囲まれてますけど、作戦って言ってましたし近くにいますよね?』


 明確なことは何も書かれていない。しかし、読み取れる情報と現状を照らし合わせれば、それらが同じ方向を向いているのは明らかである。


「な、奈々ななちゃんは私たちを貶めようとしてるのよ!」

「なら、どうしてすぐに送信取り消ししたの? 僕が見たのは通知だけで、既読もつけてないのに」

「っ……」


 2人はあからさまに動揺すると、互いに顔を見合わせて頷き合った後、申し訳なさそうに頭を下げた。


「「ごめんなさい……」」

「謝るのは僕に対して?」

「「……違います」」


 その後、ファンサを終えて戻ってきたノエルに、紅葉と麗華はもう一度謝罪をする。

 ノエルもノエルでそこまで気にしている様子はなく、怒るどころか「むしろアイドルとしての自覚が強くなった」と笑っていた。


「ノエルの心の広さに感謝しなよ?」

「「はぃ……」」


 2人ともちゃんと反省してくれたようなので、瑛斗はノエルの了解を得てから4人で一緒に帰ろうと出口へと足を向ける。

 今日一日で彼が学んだことを挙げるとすれば、この一言に尽きるだろう。


『アイドルって大変だ』


 瑛斗は輝きたいという希望も注目を集めるスペックも持ち合わせていなくて良かったと、そう心から思うのであった

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 時は進んでその日の夜。

 家に帰ったノエルはイヴと一緒に、自分が出ている番組を見ていた。彼女は時々こうして妹から意見をもらう機会を設けているのだ。


「どう?」

「うん、可愛い」

「えへへ、私たち同じ顔だけどね?」

「違う、オーラが可愛い」


 時々何を言っているのか分からない時もあるが、イヴはノエルよりも器用なので色々と参考になることもあるのである。


「ところで、デートはどうだった?」

「ふふ、大成功かな。でも付き合うのは難しいかも」

「アイドルだから?」

「そう。瑛斗君はたくさんの女の子に囲まれてるんだもん、私が男の子なら絶対に傾く」


 例え彼が普通の男の子でなくとも、時間をかければいずれは誰かを好きになる可能性は十二分にあるはず。

 ノエルはその間、指をくわえて見ていることしか出来ない分、ハンデが大きすぎるのだ。


「お姉ちゃんには私がいる。安心して」

「ふふ、そうだね。もしフラれちゃった時は、イヴちゃんにたくさん慰めてもらおうかな♪」

「キスまでなら出来るよ」

「そういう慰めじゃないよ?!」

「……?」


 わけが分からないと首を傾げる妹の様子に笑みを零しつつ、ノエルは笑顔の自分が映っているテレビ画面を眺めながらポツリと呟いた。


「慰めより、祝福がいいなぁ……」

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