第295話

 偽撮影開始から15分が経過した頃、ノエルは例のリラクゼーションエリアでマッサージ機に肩を解されていた。


「ああ、気持ちいい……」


 動画の構想としては、僕が映るのは腕だけ。デート相手の顔が見えない方が、視聴者が自身を投影しやすいだろうとのこと。

 ノエル、本当にこの動画を投稿するつもりなのかな。無駄にカメラが高性能なスマホを買っておいてよかったよ。


「ねえ、君も試してみる?」


 カメラを縦にゆっくりと振って、頷くという行動を演出してから、入れ替わりでマッサージ機に座った。

 目の前には笑顔のノエルが立っていて、「どう?」と首を傾げながらこちらを見下ろしている。

 僕がここらで『すごくいいね』なんて字幕を入れたら良さそうなんて考えていると、彼女は何を思ったのか強引に隣に座ってきた。


「ふふ、ちょっと狭いね」


 1人用の幅しかないため、肩は密着しているしカメラと顔の距離だって近い。

 ただ、こういうシチュエーションは視聴者も喜ぶだろうね。ファンとしての僕も喜んでるし。


「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」

(うん)

「こうして引っ付いてると、ドキドキするのって私だけなのかな……」

(そんなことない)

「ほんと? えへへ、嬉しいなぁ♪」


 ノエルの笑顔に、離れた場所からこちらを見ている群衆の中の数名が胸を押さえて倒れた。

 この映像が公開されて、全国でキュン死する人が大量発生しなければいいけど。


「はぁ、ずっとこうしてたい」

(それはちょっと……)

「……嫌なの?」

(そうじゃないよ。どうせなら家がいいなって)

「ふふ、2人っきりがいいってこと?」


 ノエルはクスクスと笑うと、立ち上がって2mほど先でこちらを振り返った。

 そして「じゃあ、帰ろっか」と差し伸べられた手を握ると、引っ張って立ち上がらせてくれる。


「デート、楽しかったね」

(そうだね)

「また一緒に来てくれる?」

(もちろん)

「ふふ、ありがと♪」


 そんな会話をしていることを想定しながら、出口に向けて歩き出すノエル。

 そのスピードに合わせながら横に着いて行った僕は、突然スマホと一緒に彼女の方へと引き寄せられる。そして。


「……大好きだよ、瑛斗君」


 カメラ―――――ではなく、その先にある目を見てそう言われた。見たこともないくらいに真剣な表情で。

 僕は意味が理解出来ずにぼーっとしてしまい、慌ててカメラを向け直そうとして、撮影が停止されていることに気が付く。

 保存された動画を見てみれば、最後に映ったのはノエルが自分を引き寄せた瞬間。彼女は意図的にそこで止めたのだ。


「ノエル、今のって……」

「あ、今のシーン撮れてなかった? 彼氏役君しっかりしてよ〜!」

「ご、ごめん……」


 その後、撮り直したシーンでは『好きだよ』とだけで、僕の名前が呼ばれることは無かった。

 ノエルのことだ。つい名前を呼んでしまったというだけなら、あんな誤魔化し方はしないだろう。

 つまり、彼女の先程の言葉は……本心?


「はい! これで擬似デート動画は終わり! 楽しんでもらえたかな?」

「「「「「のえるたそ〜!」」」」」

「ふふ、見守ってくれたみんなもありがとう♪」


 呆然とする僕を置いてきぼりにして、「また次の動画で会おうね! WASSup?調子はどう?」というお決まりの台詞で動画は締め括られた。


「ふぅ、瑛斗くんお疲れ様」

「あ、うん。ノエルこそ」

「どうしたの? よそよそしいよ?」


 そう言いながら首を傾げるが、彼女自身も理由は分かっていたのだろう。小声で「そんなに悩まれると困っちゃう」と呟いて苦笑いをした。


「さっきのことはあまり深く考えないで。伝えておきたかっただけだからさ」

「でも……」

「やっぱり私はどこにいてものえるたそなんだよ。この気持ちには蓋をしないといけない」

「……」

「でも、瑛斗くんには知ってて欲しい。こんなにも愛されるアイドルが、自分のことだけを愛してるんだって」


 ノエルが「いつか、自慢してもいいよ?」なんて言うから、「誰も信じてくれないよ」と返すと「本人が信じられないって顔してるもんね」と笑われてしまう。


「もしこの気持ちに応えてくれるなら、私がアイドルを辞めた日に告白して欲しい。絶対に断らないから」

「でも……」

「安心して。瑛斗くんが卒業するまでは絶対にやめないつもりだから」


 彼女は「お互い、恋愛禁止だよ」と意味深な笑みを浮かべた後、「じゃあ、ファンサしてくるね!」と待ってくれている群衆へ向けて走り出す。

 僕はサインやら握手やらをして回る健気な背中を見つめながら、ふと視界の端に映った紅葉くれは麗華れいかを見てため息を零すのだった。

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