第293話

「うにゃぁぁぁ! かわいぃぃぃぃぃ!」


 店にいる半数以上の猫に囲まれ、もはやどちらが遊んでもらってるのか分からない状態になっているイヴの声がこれである。

 モフモフモフモフと実に幸せそうな表情をしていて、SNSに上げる用の写真もちゃっかり撮影。それが終わればまたモフモフモフモフ――――――。


「……」


 一方、僕の周りには猫が一匹もいない。以前来た時は数匹に囲まれて幸せ空間だったというのに。

 どの猫もイヴを見るなり甘えに来て、一通り撫でられたら他の猫に交代して……というのを繰り返していた。

 彼女の横には猫の行列が出来ており、滞在時間が長くなるにつれて徐々にその長さも伸びていっている。


「猫にもオーラが見えるのかな」

「ん? 何のこと?」

「ううん、何でもない」


 自分が懐かれないのがイヴのせいにするなんてかっこ悪い。そう思って言葉を引っ込めたものの、やはり彼女のせいでしかなかった。

 こんなに沢山いるのだから、一匹くらい僕のところに来てくれても良さそうなのに。猫界隈もやはり存在感が大事なのだろうか。

 そんなことを思っていると、向かい側に座っていたイヴが抱えていた猫をそっと床に下ろし、こちらへと歩いてきて目の前でしゃがんだ。


「にゃ〜♪」

「何やってるの?」

瑛斗えいと君が寂しそうにしてたから。イヴにゃんが励ましに来てあげたにゃん」

「余計虚しくなっちゃうよ」

「イヴにゃんより本物の猫がいいにゃ?」

「そういうわけじゃないよ」


 もちろん気を遣ってくれるのは嬉しいし、ちょっとは可愛いなとも思った。

 しかし、それよりも周りの客の視線が痛いのである。猫を占領している上に、それを放ったらかしにしてにゃんにゃん言っているのだから仕方ないけれど。


「ご主人、お腹空いたにゃ」

「さっきパフェ食べてなかったっけ?」

「べ、別の猫じゃにゃいかにゃ?」

「僕が見間違えるわけないでしょ」

「そ、それもそうにゃね……」


 少し照れたように頬を赤らめたイヴは僕の膝にポンと手を置くと、そっと頭を預けて目を閉じた。

 彼女は時折ヒクヒクと鼻を動かして匂いを嗅いだり、太ももに頬ずりをしてきたりする。

 何が目的なのかは分からないが、あまりに幸せそうな顔なので止めるに止められなかった。


「にゃー」

「にゃぁ」

「にゃにゃにゃ〜♪」


 しかし、それをイヴから僕に対する服従のアピールだと受け取ったのか、彼女の後ろにいた猫たちが一斉に僕を取り囲み始める。

 イヴは言わば猫の統率者。そんな彼女が甘えている対象は、自分たちにとっても媚びを売っておいた方がいいとでも判断したのかもしれない。


「にゃ?」


 けれど、そんなことはどうでもよかった。かわいいは正義という言葉があるように、この猫たちがどんなに腹黒かったとしても、この可愛さがあれば十二分に満たしてくれるから。


「ほら、おいで」

「にゃー!」

「イヴじゃないから」

「にゃぁ……」


 拒まれて落ち込んでしまう彼女には、「後で撫でてあげるから」と約束をして、今だけはしっかり離れてもらった。

 まあ、ほとんどの猫はイヴ主人と一緒に離れてしまったけれど。……別にショックは受けてないよ?


「ああ、可愛いなぁ」


 僕は『まりも』という名前の付けられた猫を撫でながら、その触り心地の良さと愛らしさに深いため息をこぼすのであった。

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 一方、瑛斗たちを監視している奈々ななたちは、少し離れた席から2人の様子を伺っていた。


「瑛斗、猫にデレデレしちゃって……」

紅葉くれは先輩、動物に嫉妬するのはやばいですよ」

「べ、別に嫉妬なんてしてないわよ!」

「してましたよ、目が本気でしたもん」


 そう言いながら、注文したスイーツを頬張る奈々。ちなみに、これを持ってきた店員は明らかに変装をした麗華れいかである。

 着替えまでする細さには感心したものの、やはりバレバレ過ぎてもはや普通にここでアルバイトをしているのかと言うほどだった。


「それにしても、デート楽しそうね」

「そうですね。さすがアイドル、強敵ですよ」

「瑛斗からすればそこは関係ないんでしょうけど…………ん?」


 コップを持ち上げようとして、くっついて来てしまった紙製のコースターを剥がした紅葉は、その裏に文字が書かれていることに気が付く。

 こんなのを書けるとすれば、瑛斗たちのことを知っており、尚且つ邪魔をする意思のある者。……コップを運んできた麗華しか考えられなかった。


『アイドルであることをバラせば、デートは続行不可能になるでしょうね』


 さすが腹黒女の考えそうなことだと思いつつも、実のところ紅葉もこの案は少し前から頭の片隅に置いてあった。

 しかし、真っ当な人間としてしてはいけないことは分かっているつもりの彼女には、とてもこんな大袈裟なことは出来ないのである。


「……でも、偶然気付いちゃう人が現れたなら話は別よね」


 にんまりと笑った紅葉は、店奥からこちらを見ている麗華と目だけで会話をすると、お互いに小さく頷いて最悪な計画を決行することにした。


「どうして首を振ってるんですか?」

「ジュースが美味しいからよ」

「そんなに美味しいなら一口ください」

「いいわ、どうぞ」


 その後、一口と言いながら一気に全部飲み干された紅葉が、奈々に代金を払わせることになるのだけれど、それはまた別のお話。

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