第292話

 瑛斗えいととノエルが名前云々の話をしていた時、少し離れた場所にある柱の影から覗いている者がいた。


「ノエル先輩、あんなにお兄ちゃんとイチャついて……っていうか、本名がイヴってどういうこと?!」


 奈々ななである。家で兄を見送る健気な妹を演じておきながら、実はこっそりと後をつけてきていたのだ。

 彼女はノエルとイヴが入れ替わっていることを知らないので、このような反応になっている。


「うるさいわね、バレるわよ?」

「あ、紅葉くれは先輩居たんですか」

「あなたが無理矢理連れてきたんでしょうが」


 奈々の隣には紅葉が居て、実に不機嫌そうな顔をしていた。そんな彼女が、連れてこられたと言っている割にオシャレをしているのには理由がある。


「無理矢理なんて人聞き悪いですね。なら、どうして私が呼びに行った時、既に出掛ける準備をしてたんですか?」

「そ、それは……」

「先輩も後、つける気だったんですよね?」

「うぅ……」


 紅葉が「そ、そうよ、悪い?」と開き直ったところで、奈々はツンデレな先輩に「可愛いでちゅね〜♪」と頭を撫でた。

 もちろん、すぐに紅葉から猛攻撃を受けたけれど。特に脇腹を重点的に。


「お兄ちゃん、どこか行くみたいですよ」

「追いかけるしかないわ。それにしても、こんな日に白銀しろかね 麗華れいかは何をしてるのかしら」

「敵のデートを監視しに来ないなんて、ライバルとして失格で―――――――――――――」


 奈々がそう言いかけた瞬間、2人の横をスーツ姿の人物がものすごいスピードで通り過ぎていく。

 紅葉と奈々はしばらくその背中を見つめていたが、やがてお互いに目を合わせると……。


「「い、いた……」」


 ちょび髭まで付けて上手く変装しているつもりらしいが、彼女を知っている人が見れば明らかに白銀 麗華でしかない。

 あの整った女性らしい顔に、堅苦しいスーツとちょび髭が違和感過ぎるゆえ、むしろ目立ってしまっているのだ。


「私たちも追いかけるわよ……って奈々ちゃん?」

「あ、すみません。ちょっとそこで買い物を……」

「何を買ったのよ」

「ふふふ、これです!」


 そう言いながら、背中に隠していた『メガネと付け鼻』を取り出して変装して見せる奈々。

 その明らかに残念な様子に、紅葉は深いため息をつきながら頭を抱えるのだった。


「バカがここにもいたとはね……」

「そう言えば、本名がイヴってどういうことです?」

「芸名よ芸名」

「なるほど!」


 説明が面倒なので適当に誤魔化したら、案外すんなりと納得されてしまった。

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「ねえねえ、似合う?」

「すごくいいと思う、運動出来そう」

「えへへ、じゃあ買おうかな♪」


 スポーツ用品店へとやって来た僕は、ノエルが試着したものを見せてくれるのをイスに座りながら鑑賞していた。


「ノエル……というか、イヴ? どっちで呼べばいいのか分からないけど……」

「この場にいないイヴちゃんのことは、今はノエルって呼んで」

「じゃあ、ノエルはダイエットしたりしないの?」

「あの子、太らない体質みたい。双子なのにそこが違うから羨ましいよ……」

「確かに太ってるノエルは想像できないね」


 というか、太るほど食べている姿すら想像できない。その時点で女の子からすればすごく羨ましいことなんだろうね。

 麗華も前に言ってたような気がするし。『太らない体質だなんて、私以外には言わない方がいいですよ』って。だからイヴにも黙っておこう。


「買うものも決まったし、次はどこに行く?」

「着替え直しちゃうから、その間に決めといて! 次は瑛斗くんが行きたい場所に行きたいから」

「僕が行きたい場所かぁ」


 そう言われても、すぐには案が出てこない。かと思ったが、ふと思い出したことのおかげで意外にも早く決められた。


「お待たせ、行きたい場所見つけた?」

「うん、1階になるんだけどいい?」

「大丈夫大丈夫! じゃあ、案内してくれる?」


 前に何度か来たことはあるけれど、ぜひもう一度来てみたいと思っていたのだ。

 ただ、一人で来るとなると外出が少し面倒で、誰かと来た時についでに立ち寄ろうと思っていたのである―――――――――――猫カフェに。

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