第290話

「うへぇ〜気持ちい〜♪」


 表情を蕩けさせながら、ベッドの上でまどろむ奈々なな。彼女は今、僕にマッサージをされているのだ。

 肩甲骨の辺りをグリグリとすれば、くすぐったそうに首をすくめるし、肩を一定のリズムで叩けば、その度に悩ましい声を漏らす。

 何はともあれ、喜んでくれていることがわかりやすいので、やっている側としても安心して揉み解せるよ。


「あ、お兄ちゃん。最近腰の調子が悪いから、上に乗ってくれない?」

「そんな体重かけて大丈夫なの?」

「いいのいいの、お兄ちゃんは言われた通りにして」


 本人がそういうのならと、僕はうつ伏せになっている奈々の上に跨る。

 そのまま腰を下ろそうとした瞬間、彼女はあろうことかくるりと仰向けになったのだ。


「あ、ちょっ……」


 ベッドの上という不安定な足場ゆえ、少しフラついたが何とか腰を下ろし切る前に止まることは出来た。

 しかし、奈々がすかさず腕を引っ張ってきたせいで、彼女にのしかかる形で座ってしまう。


「んふふ、お兄ちゃんに襲われちゃう♪」

「奈々が自分でやったんでしょ」

「そうだけど……他の人はどう思うかな?」


 その言葉の直後、ベランダの方から音が聞こえてきた。そしてガラッと窓を開かれると、カーテンをかき分けて紅葉くれはが入ってくる。


瑛斗えいと、あなた何やってるのよ!」


 どうやら、奈々が紅葉に何かを送ったらしい。突然嘘泣きを始めたところを見るに、助けを呼んだといったところだろう。


「いくら好きだって言われてるからって、無理やりそういうことをするのは良くないわ」

「僕はただマッサージしてただけだよ」

「マッサージなんてしてないじゃないの!」

「あ、ほんとだ」


 マッサージだと言うのなら、叩いたり揉んだりしなくてはならない。そう考えた僕は紅葉の方を見ながら奈々に手を伸ばして―――――――――。


「んっ♥」


 揉んだ。そう、揉んでしまったのである。

 奈々の口から漏れた艶かしい声を聞いて、ようやく思い出した。今の彼女は仰向けになっている。

 その状態で腰に乗っかった人間が手を伸ばして自然に触れる場所といえば、それはもうアレしか無かった。


「お兄ちゃんの……えっち……」


 その一言で紅葉の怒りは大爆発。僕はベッドから引きずり下ろされ、気が付けば今度は乗っかられる側になっていた。


「紅葉、違うんだよ。わざとじゃないんだ」

「わざとじゃなければ実妹の胸を揉んでもいいと?」

「いや、そうじゃないけど……」

「瑛斗にいいことを教えてあげるわ、よく聞いて」


 彼女はそう言うと、握り締めていた拳を一度開き、両方重ね合わせて自分の胸に当てる。そして。


「そんなに触りたいなら私に頼みなさいよ!」

「……あれ、そっち?」

「何よ、友達のAより妹のCがいいって言うの?」

「だから事故なんだってば。ていうか、紅葉ってAカップだったの? AAだと思って――――――」

「コロス」


 残念なことに、その夜の記憶はそこでプッツリと途切れてしまっていた。

 ものすごい力でみぞおちを殴られたような気がするけれど、紅葉は知らないって言うんだよ。実に不思議だよね。


「ねえ、紅葉」

「なに?」

「昨晩、怖い夢を見たんだ」

「どんな夢よ」

「紅葉が7等身でバストが92になる夢」

「それのどこが怖い夢なのよ」

「夢の中の紅葉は制服を着たんだ。つまり、まだ高校生ってことでしょ?」


 僕が「あと一年でそんなに伸びたら、成長痛がものすごいことになるよ」と困った顔をすると、「本当にお気楽ね」と呆れられてしまった。


「安心しなさい、絶対にありえないから」

「あの時はあんなに7等身になるって―――――」

「はいはい、その話はいい加減忘れなさいよ。ていうか、身長はともかく胸の情報いらないわよね?」

「それは正夢になればいいねってこと」

「なれば嬉しくないこともないけど……」

「まあ、僕は今の紅葉が好きだよ」

「……なら、今のままでいいわ」


 その日、紅葉は放課後まで機嫌が良かった。まあ、帰り道で麗華れいかに「最近、また胸がきつく……」と言われて喧嘩になってたけれど。

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