第289話

 ノエルにプレゼントをあげた日の夜、真実を聞かされた奈々ななは唖然としていた。


「え、ハグじゃなかったの?!」

「2人で出かけたいんだって。『一人の女の子として』っていうのは、仕事のことは忘れるって意味だったみたい」

「な、なんだ……じゃあハグはしてないんだ?」

「したよ。してから教えられた」


 僕の言葉を聞いてどこか悔しそうに拳を握りしめた彼女は、「両方なんてずるい!」と膝をペチペチと叩いてくる。地味に痛いよ。


「僕が間違えたんだから仕方ないよ」

「じゃあ、私にもご褒美ちょうだい!」

「内容によるかな」

「ディープキス」

「だめ」

「一緒にお風呂」

「だめ」

「使用済みパンツ」

「だめ」


 全て断られた奈々は「全然欲しい物くれない!」と地団駄を踏むが、むしろそのレベルの願いが叶うと思っていたということがおかしい。

 お風呂は辛うじてOKしてあげてもいいが、前後にあるものが危険すぎるため、今は警戒した方がいいだろう。


「いいもんいいもん! 洗濯物するの私だし、お兄ちゃんのパンツ抜き取るもん!」

「奈々、今まで押し付けてごめん。今日から洗濯はお兄ちゃんがやるよ」

「くっ……そこまでして取られたくないの?」

「妹を変態にはしたくないからね」

「安心して、もう手遅れだよ♪」

「……全くもって安心できない」


 その後、奈々の部屋をチェックしてみたら、僕の下着が5枚も出てきた。

 こんなに取られていて気付かなかったのは、彼女が盗んだ枚数分だけ丁寧に新品を補充してくれていたからだろう。

 我が妹ながら、実に巧妙でずる賢い手口である。今後はちゃんと確認するようにしようかな。


「念の為確認するけど、変なことはしてないよね?」

「へ、変なことと言いますと?」

「匂いを嗅いだり、これを穿いたり」

「し、してないです……」

「敬語なのおかしいよね。嘘つきは嫌いだなぁ」

「前者はやったよ! お願い嫌いにならないで……」

「お兄ちゃん、本当のことが知りたいな」

「っ……」


 あからさまにギクッという表情をした彼女は、自分の中で30秒ほど葛藤した末に、大人しく「両方やりました」と白状してくれた。


「違うの、これは山ぴょんが……」

「わかってる、恋愛成就の願掛けでしょ?」


 山ぴょんというのは、最近テレビに出始めたモデルタレントのことで、相手ののパンツを穿いたら告白が上手くいくと言ったことで炎上した人である。

 ちなみに、山ぴょんは体育の授業中に置いてあった相手のパンツを盗んだそうで、元彼にはその事実を打ち明けた時に逃げられたんだとか。


「あれは信じない方がいいよ」

「でも……でも……」

「お兄ちゃんはずっと奈々のお兄ちゃんだから。嫌いになることもないし、離れることもないよ」

「けど、お兄ちゃんだって好きな人が出来たら、私のことなんて構ってくれなくなるでしょ?」

「構うよ。むしろ、奈々を構うことをよく思わない相手を、僕は好きになんてなれないし」


 少なくとも今の僕は、奈々のことを誰よりも一番に考えている。彼女が傷つけられるなら助けに行くし、代わりに自分が殴られてもいいと思える。

 それは二人暮し(部屋を覗いている音鳴おとなりさんは無視する)で支え合っているからでもあり、たった2人の兄妹だからでもあるのだ。


「じゃあ、紅葉先輩と私が溺れてたら?」

「2人とも僕より泳げるじゃん」

「そういうことじゃないよ!」

「イヴが居ればイヴを優先するけど。泳げないし」

「だからそうじゃなくて……」


 言いたいことが上手く伝わらないもどかしさに頬を膨らませた奈々は、やがて吹き出すように笑い始めると「まあ、お兄ちゃんらしいかな」と満面の笑みを見せてくれる。


「でも、私がナンパされたら助けてくれるよね?」

「警察を呼ぶ」

「1ミリもカッコつけようとしないね?!」

「奈々の前でカッコつける必要なんてないからね」

「まあ、ありのままのお兄ちゃんが好きだけど……」

「どうせ頼りないってバレてるし」

「……あ、そっちか」


 どこか残念そうに肩を落とした彼女がそれから数十分後、僕の入っている最中に風呂場へ突撃してきたかと思うと、半強制的に一緒に入らされたことはまた別のお話。


「あ、ご褒美はマッサージにして!」

「……今お風呂に入ってるのはカウントしないの?」

「これは兄妹のスキンシップだもん」

「まあ、奈々が喜ぶなら僕は構わないけどね」

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