第286話

『もし、瑛斗くんよりいい点が取れたら、一人の女の子としての私にご褒美をくれない……?』


 2日前にノエルからそう言われた僕は、それがどういう意味なのかよく分からないまま頷いてしまった。

 初日のテストは自信がありそうだったし、今日のだって学校ですれ違った時に「ご褒美、期待してるね?」と言ってきたほど。


「ノエルへのご褒美かぁ」


 彼女にとって相当いい点数が取れているということだろう。ならば、こちらもご褒美について考えないといけないね。

 女の子へのご褒美は何をあげれば喜ぶのか、こういう時に頼りになるのは妹だ。そういうわけで、僕は奈々ななの部屋にやってきている。


「奈々、相談があるんだけど」

「察しはついてるよ、ノエル先輩のことでしょ」

「……盗聴した?」

「違う、女の勘だよ」


 チッチッチッと指を振って見せた彼女は、勉強していた手を止めて教科書を閉じると、イスをくるりと回転させてこちらを見た。


「あれ、どうしてサングラスをかけてるの?」

「お兄ちゃん、知らないの? サングラスをかけると勉強の効率が上がるんだよ」

「へえ、誰から聞いたの?」

「カナちゃん」

「……ほう」


 カナがサングラスをかけているところを想像してみるが、どう考えても似合う気がしない。

 勉強のためだから似合う必要は無いとしても、何と言うか女優に憧れてかけ始めました感が否めないのだ。


「ちなみに、3Dメガネもあるよ!」

「それは絶対に間違ってる」

「文字が浮きでて覚えやすいらしいよ?」

「そこまで言うならかけてみてよ」


 そう促してサングラスと3Dメガネを交換した奈々は、教科書の適当なページを開くと同時に固まってしまう。


「……浮き出ない」

「当たり前だよ、ただの文字だもん」


 3Dメガネというのは、二重になった映像を右目と左目がそれぞれ一重ずつ見ることによって、そのズレが立体感になるのだ。

 ただただ黒で書かれた一重の文字では、いつまで見つめても何も変わるはずがないのである。


「あっ、ちょっと立体に見えるかも」

「気分が悪くなってきてるだけだよ、早く外して」

「はーい」


 大人しく外してくれた彼女の頭をポンポンと撫でてあげてから、預かっていたサングラスを頭の上に乗せてあげる。うん、この方が女優っぽいね。


「ノエルが僕よりも良い点が取れたらご褒美が欲しいって言ったんだ。何がいいと思う?」

「ポテトLサイズでいいんじゃない?」

「嫌われちゃうよ」


 ポテトの大食いであれほどダイエットに苦しんだ彼女だ。それを知っている僕がそんなものを渡したら、嫌味だと捉えられてしまうかもしれない。


「そもそも、どうしてお兄ちゃんがあげるの? 先輩に勉強を教えてあげてるのに」

「理由はないよ。でも、約束しちゃったから今更なしには出来ない」

「……もう、お人好しめ」


 奈々はどこか不満そうにそう呟くと、深いため息をついてから「仕方ない、話は聞いてあげる」と少し偉そうに足を組んだ。


「で、ノエル先輩は具体的には何て言ったの?」

「『一人の女の子としての私にご褒美が欲しい』みたいな感じだったよ」

「……それってつまり、お兄ちゃんには『男としてご褒美を渡して』って意味だよ」

「どういうこと?」


 僕が首を傾げると、奈々はやれやれと言わんばかりに呆れた表情を見せる。

 それからイスから立ち上がり、ゆっくりとこちらへ近付いて来た。そして――――――――。


「私がお兄ちゃんからプレゼントされて、一番喜ぶものって何だと思う?」


 グッと顔を寄せながら、鼻先10cmも無いような距離でそう囁く。

 奈々が一番喜ぶもの、奈々が女の子として僕から最も欲しいもの。それがいざ何かと聞かれると、すぐに浮かんでくるものが見つからなかった。


「わからない。答えは?」

「……ダメだよ、そうやって人に聞くのは」


 彼女は人差し指で僕の鼻をツンとしてから、「ヒントはあげたんだし、あとは自分で見つけて」とイスに戻ってしまう。


「先輩が欲しいもの、きっと私と同じだから」

「奈々と同じ?」

紅葉くれは先輩と白銀しろかね先輩も同じ。でも、お兄ちゃんがそれをあげられるのはたった一人だけ」

「何のことを言ってるの?」

「ふふ、ただの独り言だよ」


 奈々はクスクスと笑うと、「もし答えが見つからなかったら、その時は私が実践で教えてあげる」と言いながら背中を向けた。

 実践ということはつまり、あげるのは物ではなく行為ということだろうか。いや、それとも物を伴った行為のことかもしれない。


「うぅ、余計にわからなくなってきた……」


 頭を抱えながら部屋を出た僕はその後、ノエルに直接聞いてみるのだけれど、答えはテスト明けのお楽しみということで秘密にされてしまった。


「こんな状態じゃ朝も起きれないよ」

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