第281話
「本当に誰も来ないね」
「来たとしてもレジの仕事しかないですけどね」
午後五時頃、カナのバイトが始まって1時間ほど経過したが、今のところ客はゼロ人。
駅前に大きな本屋もあるし、高いとはいえコンビニで文房具も買える。便利な時代になったせいで、この店の客足も遠のいてしまったのだろう。
そうは言っても、時給が約束されているカナにとっては楽して給料が貰えるのだからラッキーなことらしい。
おまけに僕が来ていることで暇な時間も解消され、教室でのやつれた顔もそこそこ元気を取り戻していた。
「良かったら先輩もここで働きません?」
「それは遠慮しとく。でも、バイトするってのはいいかもしれないね」
生活費はしっかり送って貰えているから、お金に困ったことは無いけれど、社会経験として働くのは将来のためにも大事かもしれない。
結婚すれば養う相手が出来るわけだし、そうでなくとも
そもそも、僕が奈々離れ出来てないからこうなってるんだけどね。やっぱり、妹の可愛さには勝てないよ。
「先輩、今奈々ちゃんのこと考えてましたよね?」
「どうしてわかったの?」
「女の勘です」
「……」
「そんな困った顔しないでくださいよ。普通に『男やろ!』って突っ込んで欲しいとこなんですから」
「どうして関西弁?」
「雰囲気ですよ、雰囲気」
カナはそう言ってケラケラと笑うと、「そろそろ在庫整理の時間ですね、お客さんが来たら適当に対応して下さい」と店の奥消えていった。
いつの間にか働かされているけれど、細かいことは気にしないでおこう。帰りにりんごジュースでも奢ってもらえればいいや。
そんなことを考えながらレジ前に立っていると、早速お客さんがやってきた。本日1人目のお客様ですって歓迎しなくていいのかな。
「いらっしゃいませ」
「……」
よく見てみれば、
彼女はレジに近付いて来ているようだったが、僕の顔を見るとピタッと立ち止まって、文房具のエリアへと引き返していった。
そんなに怖がられるような顔してたかな。普通に真顔でいたような気がするんだけど。
「……こっち……いや、こっちかも?」
女生徒は色々なペンを手に取っては、触り心地やカチッという音を確認しているようだった。
もしかすると文房具が好きな子なのかもしれない。生憎僕にそういう知識は無いため、声をかけて『何をお探しですか?』と聞くわけにもいかないんだよね。
「……」
「……」
しかし、何故か分からないけれど、彼女はチラチラとこちらを見てきている。やっぱりレジに何か用があるのだろう。
ここは本物の店員を呼んできた方がいいかもしれない。そう思って店奥へ向かおうとした瞬間、カナが大きな箱を抱えてやってきた。
「あっ、カナちゃんさん……」
「ん? おお、山ちゃんじゃん!」
2人はどうやら知り合いだったようで、カナは一瞬で女の子モードに戻しつつ、満面の笑みで山ちゃんと呼ばれた女生徒に近付く。
「カナ、その子は友達?」
「そだよ! ここの常連さんなんだけど、隣のクラスだって知って仲良くなったんだよね〜♪」
「へぇ、そんなこともあるんだね」
僕がそう言いながら山ちゃんさんを見ると、彼女は目が会った瞬間に顔を赤らめて俯いてしまった。相当な人見知りらしいね。
「カナちゃんさん、彼氏さんですか?」
「ち、ちちちち違うよ?! もう、何言ってるの〜!」
「そうですよね、彼氏はいないって言ってましたし」
「そうそう、変な事聞かないでよ〜♪」
山ちゃんさんの肩を軽く叩きつつも、チラチラとこちらを見てくるカナ。なんだろう、何かを期待されているような気がする。
「……ふぅ、まあいいや。新作を探してるの?」
「は、はい!」
「ふふ、今持ってくるよ♪」
彼女はそう言って先程運んできた箱の中をのぞき込むと、その中から1本のペンを取り出して戻ってきた。
「これ、入荷したばかりのやつ」
「おおっ! この握り心地……買います!」
「じゃあ、432円ね」
「はい!」
「ちょうどだね。いつもありがとう」
「いえいえ。また来ますね」
「お待ちしておりまーす♪」
商品片手に満足そうな表情で店を出ていく山ちゃんさん。なるほど、彼女はいいペンを探すのが趣味だったんだね。
表に並んでいるものに納得しなかったから、あんなにも気難しい表情をしてたのか。
「お客さんも帰ったことですし、仕事を続けますか。商品の陳列を手伝って貰えます?」
「店員なんだから自分でやってよ」
「手伝ってくれたらご褒美、あげますよ?」
「りんごジュース?」
「……あ、いや……はい。りんごジュース、ですね」
「なら手伝う」
目当てのものが手に入るとやる気を出し始める
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