第277話
月曜日の昼頃、文化祭の代休を満喫していた僕の元へ
「何か用事?」
「用が無ければ来てはいけませんか?」
「そんなことないよ、いつでも歓迎」
「ふふ、ありがとうございます♪」
にっこりと微笑んで家に上がった彼女は、ふと開きっぱなしになったトイレのドアを見て申し訳なさそうな顔をする。
「もしかして、急がせちゃいましたか?」
「ううん、違うよ」
「では、閉め忘れですかね」
そう言いながら麗華はトイレの中を覗き込み、そしてそのまま固まってしまった。なにせ知らない人がトイレ掃除をしているのだから。
「こ、こちらの方は?」
「
「そういえば、確かに隣の家が悲惨なことに……」
「いや、そうじゃなくて―――――――――」
昨晩
「あ、どうも!
「……は?」
「え、ちょ、この子怖いんやけど?!」
「麗華、冗談だよ。音鳴さんも変なこと言わないでください」
振り返りざまにこんな言葉が出てくるのだから恐ろしい。麗華は堪えてくれたけれど、奈々だったら便器の中に顔突っ込ませてたよ。
「家政婦みたいなものだから気にしないで」
「そうなんですね、お疲れ様です」
家にメイドさんやら執事さんがいるからか、あっさりと受け入れて2階へと向かってくれる彼女。
先に部屋で待っていてもらって飲み物を持って上がると、麗華は何やら分厚い本をカバンから出していた。
「それは?」
「ふふ、催眠術の本です!」
「催眠術?」
「瑛斗さんに試してみたかったんですよ」
彼女はそう言いながら付箋の貼られたページを開き、僕にその内容を見せてくれる。
まずは単純に指が勝手に動く催眠術らしい。何だか筋肉の働きを利用したトリックみたいなものに見えるけど。
「この懐中時計を見つめてください」
「随分と古典的だね」
「ほらほら、早く♪」
ワクワクが隠せないと言った様子なので、言われた通り目の前で揺らされる懐中時計を目で追ってみる。
その間に彼女は僕の右手を拳にさせ、その上からぎゅっと強めに握った。
10秒ほど経って手を離されると、意識していないのに中指が小刻みに震える。やはり筋肉の働きを利用したやつだ。
「少し地味ですね。もう少し難しいのにしましょう」
「そうだね」
「では、これを!」
そう言い終わるが早いか麗華は懐中時計を揺らし始め、僕の意識はそちらへと吸われる。
一体何の催眠術をかけられるのかも分かっていないけれど大丈夫なのかな。もし恐ろしいことになったりしたら――――――――――――。
「あなたは私を好きになる〜」
「……」
「だんだん好きになる〜」
「…………」
「あ、あれ? 失敗ですかね?」
なんだろう、催眠術で絶対にかけちゃいけないタイプのやつのはずなのに、ものすごくほっこりしちゃったよ。
あまりにも真剣な顔だから、かかったふりをしてあげようかとも思ったけれど、それはそれで罪悪感が産まれそうだからやめとこう。
「おかしいですね、かかるはずなんですけど」
「もう十分好きだからじゃない?」
「そ、そういうことですか? えへへ♪」
嬉しそうに頬を緩めた彼女は、「そうです!」と思いついたように懐中時計を手渡してくると、ベッドに腰かけてこちらを見上げてきた。
「私にも何かかけてください!」
「上手くいくのかな?」
「きっと大丈夫ですよ」
ここまでキラキラした笑顔を見せられてしまえば、断ることなんて出来まい。
それにどうせかからないだろうし、おかしなことさえ言わなければ大丈夫だろうね。
「あなたはだんだん眠くなる〜」
「……」ジー
「あなたはだんだん眠く――――――」
「すぅ……すぅ……」
「あれ、もう寝ちゃった」
本には『眠ったら暗示をかけてから指を鳴らす』と書いてあった。つまり、今は何かキャラを吹き込む時間だ。
変に他人の真似をさせたり、危険なことをさせるのも良くないだろうし、オススメとして書いてあるやつにしようかな。
「じゃあ、試しにネコになって」
僕がそう言って指を鳴らすと、眠っていた麗華の目がぱっちりと開く。そしてしばらくキョロキョロした後、こちらをじっと見つめてから擦り寄ってきた。
「にゃぁ〜」
「本当にかかったの?」
「にゃ?」
首を傾げるネコ麗華を前に、『紅葉だったら少しイタズラしても良かったんだけどなぁ』なんて思いながら、この本の恐ろしさに身震いする僕であった。
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