第276話
夜、みんなで作ったハンバーグが焼き上がり、食卓を囲んで手を合わせた3人は、一口目を飲み込むと同時にため息をこぼした。
「何これ、美味しい」
「ほんと、美味しい」
「やっぱり美味しい」
お隣のお姉さんが作ってくれたソースと一緒に頬ばれば、よりお肉の味が引き立てられて溢れ出る肉汁の旨みが堪らなく――――――――美味しい。
「私より何倍も美味しいかも……」
「ウチの得意料理だかんね。女子高生に負けてたら話にならないやん?」
「今度ソースの作り方を聞いてもいいですか?」
「もちろん! お兄ちゃんの胃袋掴んだり!」
「はい!」
そんな会話を聞きながら、付け合せのポテサラを口に運ぼうとしていた僕は、インターホンが鳴る音で箸を置いた。
すぐにカメラを確認したものの、そこには誰も映っていない。世に言うピンポンダッシュというやつだろうかと思ったが、すぐにもう一度鳴ったのでどうやら違うらしい。
「ん? なんだろ?」
ぴょこぴょこと画面の下の方で揺れるものを見つけ、その正体を知ろうとじっと観察してみる。
馬のしっぽだろうか。いや、でも普通は茶色だとか黒のはず。……あ、もしかして。
「
「っ……遅い! 居ないのかと思ったじゃない!」
玄関を開けてみると、インターホンの前で袋を持って立ち尽くしている紅葉の姿があった。
なるほど、いつものツインテールを一つにまとめているから馬のしっぽに見えたんだね
夏も過ぎたこの時期の夜は肌寒いというのに、半袖ショートパンツ姿というのは如何なものかと思うけれど、とりあえず中に入ってもらうことにする。
「どうしたの? お姉さんと喧嘩した?」
「違うわ。電子レンジを貸して欲しくて」
「壊れたの?」
「お姉ちゃんが卵を温めたのよ。爆発してベトベトな上に臭うから、掃除が終わるまで使えないの」
紅葉はそう言いながら袋の中のお弁当を見せてきた。2つ入っているところを見るに、呆れた顔をしながらもお姉さんのことはちゃんと考えてあげているらしい。
「わかった、電子レンジをそっちに運ぶよ」
「いや、そこまでしなくていいわ。温めて持って帰るから」
「冗談だよ。電子レンジなんて持ち上がらないし」
「……」
「やっぱり使わせてあげない」
「わ、笑えなくて悪かったわね!」
「嘘。紅葉ならいつでも使っていいよ」
「じゃあ、何かあった時は使わせてもらうわね」
「あ、卵は温めないでね?」
「温めるわけないでしょ?!」
紅葉は「お姉ちゃんと一緒にしないで」と呟きながら、キッチンへと向かっていく。が、一度通り過ぎたリビングの前まで戻ってくると、中を覗き込んで首を傾げた。
「あの女の人、誰?」
「ああ、サボテンくんの元の持ち主だよ」
「ということは……お隣さん?」
「よくわかったね」
「それくらい覚えてるわよ」
紅葉は不満そうに頬を膨らませた後、思い出したように「どうしてここにいるの?」と聞いてくる。
「結婚がダメになって、戻ってきたんだよ」
「それは気の毒ね……」
「車で家の玄関に突っ込んじゃったから、工事が終わるまでは我が家で働いてもらうことにした」
「家無しの若い女性を家に泊め……って、変なことしてないでしょうね?」
「変なことって?」
「わ、分からないならいいわ」
どこか安心した様子の彼女は「そう言えば、私もご近所さんなのよね?」と首を傾げた。
斜め後ろに住んでいるのだからそうではあるだろうけれど、「挨拶してくるわ」と言うのだから真面目だなと感心してしまう。
「名前、なんて言うの?」
「さっき自分で言ってたよ」
「ん? 言ってないわよ」
「言ってたよ、お隣さんだって」
「名前を聞いてるの、真面目に答えて」
「だから、お隣さんだってば」
「……はぁ?」
なかなか話が噛み合わない様子に、紅葉は怪訝そうに眉をひそめる。
その様子からその理由を察した僕は、玄関に置いてあるメモ帳にお隣さんの名前を書いて見せた。
「ほら、
「そういうこと?! 完全にお隣さんかと……」
「だから音鳴さんだって……あれ?」
自分で言ってても分からなくなってきた。そんな困惑する僕を見て吹き出した紅葉の笑い声で、音鳴さんが不思議そうに廊下へ出てくる。
「あら、こんな時間に訪ねてくるなんて彼女?」
「ち、違います! ここの裏に住んでる者です!」
「ふふ、冗談よ。可愛いお友達がいるんやねぇ」
「そ、そんなこと……」
謙遜する紅葉は、顔を赤らめながらペコペコと頭を下げている。僕に対しては絶対しないのにね。
「裏側ということは、えっと……」
「と、
「TOTO?」
「誰がトイレですって!……はっ?!」
ついつい反射的にツッコミを入れてしまった彼女は、さらに耳まで赤くして「ごめんなさいごめんなさい!」と謝り始めた。
もちろん、音鳴さんはケタケタと笑いながら「気にしないで」と返しているけれど。
「あまり紅葉で遊ばないでくださいね。僕が遊べなくなるので」
「はぁ?! 私がいつ瑛斗に遊ばれ―――――――」
「ほら、こちょこちょ」
首を優しく撫でてあげれば、「ふぁ……」と気持ちよさそうな声を漏らして撫でやすいように顔を上げてくれる。もはや条件反射みたいなものだね。
「へぇ、可愛いね」
「ですよね。音鳴さんもやってみます?」
「やるやる♪ ……あれ、反応しない」
お姉さんがこちょこちょとしても、気持ちよさそうな顔はしてくれない。試しにもう一度瑛斗がやってみると、途端にゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「瑛斗君が上手いのかな?」
「そうなんですかね」
「うぅ……」
「もっとして欲しいの?」
「……」コクコク
「よしよし、こちょこちょ」
「んぅ……♪」
その後、紅葉の「瑛斗じゃないと……気持ちよくないもん……」という言葉に、音鳴さんとこっそり聞き耳を立てていた
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