第278話
そして、別にもうひとつわかったことがある。
「……どうやって戻すんだろ」
この本には催眠の解き方が書かれていない。つまり、麗華を元に戻すことが出来ないということだ。
「えっと、戻れ」
「にゃ?」
「もどるのだ」
「……ゴロゴロ」
「戻りたまえ」
「シャー!」
あまりしつこく言いすぎたからか威嚇されてしまった。どうやら、言い方を変えれば何とかなるというわけではないらしい。
「そうだ、重ねがけすればいいんだ」
我ながら名案を思いついた。催眠術でネコになったのなら、催眠術で
「麗華、これを見て」
「にゃぁ」
「あなたはだんだん眠く―――――――――」
彼女の目の前に懐中時計を垂らして許し始めたところで、本能からの行動かペシッと猫パンチされてしまった。
揺らす度にペシペシ叩いてくるせいで、まともに催眠術をかけることすら出来ない。
こうなったら強硬手段もやむを得ないだろう。そう思って手を縛ろうとするも、攻撃されると思ったのか先に噛み付いてきた。
「がるる!」
「い、痛い……」
最初は手首、次に腕、そして首。刺すような痛みで反射的に押しのけようとしてしまいそうになって、僕は自分の手を強引に下ろした。
「大丈夫、怖くないよ」
「……」
「安心していいからね」
「……にゃ?」
動物は無闇に人を攻撃したりしない。攻撃するのはお腹が空いている時に食料とするためか、自分や家族を守るためなのだ。
ネコの場合、人間を食料にするとは考えづらいため、ネコ麗華は僕を敵と認識した上で、怯えて噛み付いてきていることが分かる。
それなら自分は敵ではない、噛みつかれても仕返しをしたりしないと見せた方が、信頼して懐いてもらいやすいだろう。
「……ゴロゴロ」
「いいこだね、よしよし」
「にゃぁ♪」
ようやく噛む力を弱めてくれた彼女を優しく撫でてあげると、噛んでごめんと謝るようにチロチロと歯型のついた部分を舐めてくれた。
少しくすぐったいけれど、ネコ麗華の謝罪として大人しく受け取っておこう。
「麗華、この時計は叩いちゃダメだよ」
「にゃぉ」
「分かってくれた?」
「……」コクコク
普通、攻撃してくる動物を手懐けるには何日もかかる。短時間で落ち着かせることができるのは、普段から世話をしてくれて匂いを覚えている人などだ。
ネコ麗華がすぐに落ち着いてくれたのは、彼女の中に人間としての麗華が残っているということかもしれない。
つまり、猫語しか話せないとしてもこちらの言葉は伝わる可能性がある。そう考えて大人しくしてくれるようにお願いしているのだ。
「それじゃあ、あなたはだんだん眠く――――――」
「すぅ……すぅ……」
「相変わらずかかるのが早いね」
とりあえずこれでネコ麗華ではなくなった。後は麗華に戻れと命令するだけでいい。それだけで普段通りの彼女に戻って……。
「ねえねえ、お兄ちゃん!」
「
「分からない宿題があるの。教えて?」
「しょうがないなぁ。見せてみて」
「これなんだけど」
「これはね、ここが7になって……」
「なるほど! あと、もう1問あるの」
「後で教えてあげるから、部屋で待ってて」
奈々が「約束だよ?」と念を押してから部屋を出ていくのを見送り、僕は何とか催眠術のことに触れられずに済んだと胸を撫で下ろした。
「ねえねえ、お兄ちゃん。一緒に遊ぼ?」
「奈々、今は忙しいから―――――――え?」
部屋から出ていったはずの奈々(?)の声に振り返ると、そこには瞳をキラキラとさせた麗華の姿がある。
彼女は今、確かに僕を『お兄ちゃん』と呼んだ。いや、それよりも気にするべきなのは、目を覚ましてしまっていることだ。
キャラを吹き込む時間が終わっているということは、いつの間にか何かしらの命令が下されているわけで―――――――。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「……な、奈々なの?」
「もう、何言ってるの。どう見ても奈々でしょ?」
僕が先程の奈々との会話で発した『7になって』が、聞き間違いで『奈々になって』になってしまったことに気が付くのは、麗華がニワトリになるよりも後のことになる。
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