第274話
「さっき言ったこと、覚えてるよね?」
「お、覚えてますけど……」
「復唱してみてくれる?」
「っ……む、無理ですよ」
「甘ったれてんじゃないよ!」
「ひっ?!」
バンッと机が叩かれ音に、ビクッと肩を跳ねさせる奈々。その顔は赤らんでいて、お姉さんの目から見ても兄への思いが純粋なものなのだとわかった。
「ごめんごめん、怖かったね」
「うぅ……」
「ゆっくりでいいから言ってみよっか」
「……」コク
目元を拭ってから小さく頷き、呼吸を整えて勇気を振り絞る。しかし、声が震えるあまり聞き取りづらくなってしまった。
「きょ、兄妹でも……できる……」
「何ができるの? お姉さん、聞こえなかったよ」
「……っち」
「んー?」
「えっ……〜〜〜っ! やっぱり無理です!」
そう叫んだ奈々は顔を寄せてくるお姉さんを押し返すと、両手で顔を覆いながら部屋を飛び出していってしまう。
残されたお姉さんは短くため息をつくと、「まだまだお子様だねぇ」と背後の壁に背中を預けた。
初めては一度きりなんて言っておいて、きっといざそのチャンスが来たら逃してしまうタイプだろう。
「まあ、どちらにしても同意の上じゃないとね。瑛斗君が許すとは思えないし」
彼女はそんな独り言を呟きつつ、昨晩車の中で寝落ちしたせいで凝り固まった肩や首をセルフで揉みほぐした。
「お姉さんが体を張るしかないかな。泊めてもらうお礼分、きっちり働かないとね♪」
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「瑛斗君、晩ご飯は何がいいかな?」
「何でも大丈夫ですよ」
「何でもいいが一番大変なんだけどなぁ」
「それ、奈々にも言われました」
そう言えば、この前テレビでも言われていた気がする。何でもいいというのが本心であっても、無数にある料理から何かを考えるのは大変だから、例え食べたいものがなくても何かしら答えるべし、と。
「じゃあ、ハンバーグがいいです」
「おっ、ウチの得意料理やね」
「楽しみにしてますね」
そう言って僕が手元の漫画に視線を戻そうとすると、「でも、ちょっと大変かな」という呟きが聞こえてきた。
「何が大変なんですか?」
「お肉をこねるのがね。一人だと焼きながらってのができないじゃん?」
「なるほど。居候の対価としては十分ですね」
「そうやなくて!」
何かを求めるような目で見てくる彼女に、さすがの僕も何をするべきなのかに気が付く。
ついつい隠してるらしい関西弁が滲み出てくるほどだからね、よっぽど困っているのだろう。
「フライパンは真ん中の引き出しにありますよ」
「違うやろ?!」
「あ、塩コショウは右の棚です」
「だからぁ……」
まさかの調味料でもないのか。なら、一体何求められているのか、本人に直接聞いてみなければ分かるまい。
「何かして欲しいことでも?」
「そう、それよ! お姉さんの料理、お手伝いしてくれない?」
「僕、お菓子作りは出来ても料理は無理ですよ?」
「大丈夫! お姉さんが教えてあげるから♪」
彼女はキッチンから出てきて僕の手を取ると、そのまま滑り止め布巾の上に置かれたまな板の近くまで連れて行った。
「じゃあ、お肉のパックを空けておいてくれる?」
お姉さんはそう言って既に刻まれた玉ねぎの入ったボウルを手に取ると、フライパンに投入して中火で炒め始める。
色がついてきたら火を弱め、さらにじっくりと甘味を引き出していく。
「手際いいですね」
「慣れてるからさ」
それからしばらく粗熱が取れるまで放置し、その玉ねぎを合びき肉と一緒にボウルへ入れる。
そしてパン粉、牛乳、にんにく、砂糖、塩と胡椒も入れれば、ついにお待ちかねのこねこねタイムだ。
「……あれ、お兄ちゃん。何やってるの?」
「奈々、お姉さんの料理を手伝ってるんだよ」
「へぇ」
なんだか意味深な目を向けてくる彼女に構わず、お姉さんは僕の背後に回ると、背中にピッタリと体を密着させながら手首を握ってくる。
「ちゃんと混ぜ混ぜしないとだから、お姉さんがたくさん教えてあげるね♪」
「ちょっとくっつきすぎじゃないですか?」
「あらあら、瑛斗君はハンバーグよりウチに気が向いちゃうの?」
「そういうわけじゃ……」
「ちゃんとお料理に集中して、ね?」
耳元でそう囁きつつもむにむにと押し当ててくる彼女に、奈々が目を見開いて指先を震わせたことは言うまでもない。
「し、視線が……痛い……」
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