第272話
文化祭も無事終わり、今日から日曜日と月曜日の代休を合わせて2連休。何をして暇を潰そうかな。
今はまだ朝8時、こんな時間に来る客なんて居たかなと思いつつ、寝起きの目を擦りながら玄関へと向かう。
「どちら様ですか?」
そう言いながら扉を開けると、そこにはマスクに帽子を身に着けた見覚えのない女性が立っていた。
やけにニコニコしているし、もしかすると宗教への勧誘だろうか。そういうのはノーサンキューなんだけどなぁ。
「サボテンに興味はありませんか?」
「やっぱり宗教――――――って、サボテン?」
信仰というのは多種多様であるし、植物を神と捉える人がいてもおかしくはない。
ただ、サボテンと言われると部屋に置いているサボテンくんの設定上、破壊神になっちゃうんだよね。
「サボテンはいいですよ。インテリアとしても」
「あ、神様ではないんですね」
「ただの観葉植物です」
「どちらにしても間に合ってます」
「ほう。間に合ってるということは、つまり既に家にあるのですかな?」
「そうですけど、それが何か?」
女性は「いえいえ、少し嬉しくて」と微笑むと、マスクと帽子を取ってじっと見つめてくる。
そのまま十数秒経って、「あれ、覚えてない?」と聞かれた時に僕もようやくピンと来た。
「あ、サボテンのお姉さん?」
「お隣のお姉さんだけどね」
そう、彼女は元々隣の家に住んでいたお姉さんだ。話をしたことはほとんどなかったけれど、
「戻ってこれたんですか?」
「何とかね。結婚はナシになっちゃったけど」
「え、お兄さんは?」
「叔父さんが強引に見合いを進めて、結局その人と結婚しちゃった。ウチはもうお先真っ暗よ」
「それは災難でしたね」
「というわけで、また隣の家に住むことになったからよろしく!」
「以前は特によろしくした記憶ないですけど」
その言葉にケラケラと笑ったお隣さんは、「じゃあ、早速宜しくしてもらってもいいかな?」と微笑んで見せる。
「ちと、こっちに来てくれる?」
「何ですか」
「いいからいいから」
若干強引に腕を引かれて家から出た僕は、その数秒後には隣家の異変に気がついた。
だって、玄関があったはずの場所に車が突っ込んでいて、近くの壁から水が勢いよく吹き出していたから。
「な、何があったんですか……」
「いやぁ、アクセルとブレーキを踏み間違えちゃってね」
「それ、自宅でやるってあんまり聞きませんけど」
「もしかして、ウチが世界初?」
「胸張らないでください。ていうか、助け呼びました?」
「うん、瑛斗君を呼んだ」
「こういう時は業者を呼びましょうね」
どうやらまだだったらしいので、代わりに電話で状況を伝えて助けに来てもらった。
事故が起こったのは深夜2時ごろ。ぶつかった衝撃で後頭部をぶつけ、お姉さんはそのまま眠りに落ちてしまっていたらしい。
どうりで大きな音が立っても気付かなかったわけだ。それでもよく騒ぎにならなかったよね。
「これ、水道代とんでもないことになりますね」
「それはさっきウチが殴ったらそうなったんよ」
「どうしてそんなこと……」
「二日酔いで頭痛くて」
「飲酒運転を自白しましたね」
とりあえず、水の方は元から流れを止めたことで解決。車も修理に出せばお金はかかるが綺麗になるらしい。
ただ、玄関は業者も予約が埋まっているせいでどうにもならず、被害が小さいと言えど短くても1ヶ月ほどはかかるとのこと。
「とほほ……」
「壊れたのは玄関周りだけですし、1ヶ月なら短い方じゃないですか?」
「そうだけど、1ヶ月も家に住めないなんて……」
確かにひと月もどこか別の場所に泊まるとなると、そこそこお金がかかるだろう。
ネットカフェなんかに泊まれば風邪を引きかねないし、さすがに疲れも溜まってしまう。ホテルとなると果たして払えるのやら。
「ねえ、瑛斗君?」
「言いたいことは分かります。でも、それだけは無理です」
「お隣のよしみじゃないの〜♪」
「いくらお隣でもよく知ってるわけじゃないですし。ましてや女の人を1ヶ月も泊めれるわけないですよね?」
「そこをなんとか! 何でもしてあげるよ?」
「無理です」
お姉さんは仕方ないかとため息をこぼすと、あろうことか「もらってくれる相手のいなくなったウチを泊めてくれる男性を探そう」とスマホをいじり始めた。
「背に腹はかえられないし、体を売るしか……」
「……」
「帰って来れるかな。もしかしたら、誰かに酷い目に合わされるかもね?」
「……」
「どこかのお隣さんが泊めてくれればなー!」
「わかりましたよ、
「ありがとう、心の友!」
助かったと胸を撫で下ろすお隣さん。瑛斗も人助けが嫌な訳では無いが、正直この人をタダで泊めるというのは納得がいかない。
「さっき、何でもするって言いましたよね?」
「っ……わ、忘れたかも?」
「僕は覚えてます。早速、言うこと聞いてもらっていいですか?」
「う、ウチもお姉さんや。か、覚悟決めたる!」
「居候に見合う働きを期待してますね」
「お、おう!」
それから数分後、風呂掃除と床の雑巾がけをさせられることになることを彼女はまだ知らない。
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