第271話

『では、今年度中文化祭の最も人気だったクラスを発表する』


 文化祭終了と共に行われたのは、みんなお待ちかねのご褒美が貰えるクラスの発表。

 委員長は勝利を確信した表情で、スピーカーから聞こえてくる声に耳を傾けている。確かにラストスパートの客集は凄まじかったからね。


『学年は2年』

「ほわぁぁぁ!」

「委員長、うるさい」

『クラスは――――――――――Bだ』

「やったぁぁぁぁ…………って、え?」


 いわずもがな、僕たちのクラスはA組。つまり優勝できなかったということ。

 ゲームが終わった後、紅葉くれは麗華れいかと3人で色んなお店も回れたし、個人的には人生で一番の文化祭だったから満足なんだけどなぁ。


「な、何故我々がB組に負ける? のえるたそはデュエルで忙しかったはずぞ!」

「委員長、喋り方おかしくなってるぞ」

「……失礼、少し取り乱しちゃったよ」

「少しだとみんなも思ってくれてたらいいな」


 視線は少しやばい人を見るようなものが多いが、みんな思っていることは委員長と同じ。

 最強の人材が不在だったはずのクラスで、どうしてここまでのし上がってこれたのか分からないと言ったものだ。


『2年B組はかき氷を売ったクラスだな。人気ポイントは商品手渡し係の樹冬樹きふゆぎ イヴ』

「あ、あのE級の双子のどこにそんな力が……」

『かき氷の冷たさと彼女の真顔で心が凍りそうになるが、手渡される一瞬だけ触れた手の温もりが忘れられない、とのことだ』

「いや、なかなか危ない客じゃない?」

『ちなみに、今のは学園長からのコメントだ』

「元凶内側にいた?!」


 悔しさのあまりテンションがおかしくなっている委員長は、とりあえず近くにいた女子に往復ビンタされると、正気を取り戻してふぅと一息をつく。


『2位は2年A組だ。たった2票差での敗北だな』

「2票……惜しい……」

『こちらのコメントも読み上げておこう』


 会長はそう言うと、何か紙のようなものを取り出す音を立ててから、こほんと咳払いをして話し始めた。

 そこにあった意見は、どれもとある人物について書かれてあって―――――――――。


『紅葉ちゃんがお触り拒否したから、惜しくもB組の勝ちかな』

『いや、紅葉ちゃんがお触りさせてくれれば勝ちだったんだけどね』

『オムライス美味しかったし、雰囲気も最高!あとひとつ、紅葉ちゃんが撫でさせてくれていればね』


「「「「「…………」」」」」

「ど、どうして私を見るのよ!」

「紅葉が戦犯ってことだよね」

「え、これ私が悪いの?!」


 周囲から向けられる視線、特に麗華のニヤついた視線がグサグサと胸に突き刺さってくる。

 ここまで大勢を敵に回してしまうと、さすがの紅葉も自分が間違っていたのかと心が折れかけてしまった。


東條とうじょうさん、お尻くらい触らせておけばよかったのに」

「そ、そんな簡単に出来るわけないでしょ!」

「簡単ですよ。私にとって男は猿なので。猿に触られても何も感じませんし」

「「「「……」」」」


 教室の至る所から殺意が発され、委員長の命はもう無いなと女子たちが悟ったと同時に、目をうるうるとさせた紅葉がバンッと机を叩いて立ち上がる。


「うぅ、わかったわよ! 触らせられなかった私が悪かった、それでいいわよね!」

「あ、いや、東條さん? あれは冗談というか……」

「でも、好きな人にも触られたことないのに。知らない人が最初なんて……絶対にイヤよ……」


 委員長は「私がおかしいの?」と下唇を噛み締めながら机に突っ伏してしまう彼女に、大慌てで「違うんです、違うんですよ!」と慰めに行く。

 それでもプルプルと震えながら顔を上げようとしない紅葉に、僕は立ち上がって近くまで歩み寄った。


「紅葉、つまり僕に触って欲しいってこと?」

「は、はぁ?! そんなこと言って……」

「最初に触られるのは好きな人がいいんでしょ?」

「そうだけど、そうじゃないの!」

「どういうこと? 僕が触っちゃダメってことは、僕のこと嫌いになったの?」

「ちがっ……その、だから……うぅ……」


 真っ赤な顔をサッと上げた彼女は、鋭い瞳で僕を睨みつけると、小刻みに震える拳を握りしめる。そして―――――――――――。


「大好きに決まってるでしょうが! 人前でこんなこと言わせるな、バカ瑛斗!」

「ぐふっ?!」


 みぞおちにコークスクリューを叩き込まれた僕が崩れ落ちる音は、会長の『文化祭閉幕だ』という合図で打ち上げられた花火の音にかき消されてしまった。


「久しぶりなのに、いいパンチだ……ね……」

「しばらくそこで眠ってなさい。さて、他に花火になりたい人はいるかしら?」

「「「「「…………」」」」」

「敗因は委員長の馬鹿さ。異論はないわよね?」

「「「「「は、はい!」」」」」

「いや、全部私の責任というのは……」

「「「「異論を検知、直ちに人間花火にしてきます」」」」

「あ、まっ……いやだぁぁぁぁぁぁ!」


 数名のクラスメイトによって連行されていく委員長を眺めながら、紅葉が『上辺だけの友達はいらないけど、下僕はいてもいいわね』とほくそ笑んだことは言うまでもない。

 そして、花火の音に紛れて麗華が必死に笑いを堪えていたことはまた別のお話。

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