第270話

「ご褒美……これですか?」

「ぬいぐるみ、だね」


 優勝したご褒美として手渡されたものを見て、麗華れいかとノエルは首を傾げる。

 それに反して紅葉くれはは、やけにハイテンションで瞳をキラキラと輝かせていた。


「食器洗いグマよ! すごいわ!」

「食器洗いグマ?」

「ほら、前にデブ猫のぬいぐるみがあったでしょ?」


 彼女が言うには、以前にぬいぐるみをゲットした中年デブ猫ライフと同じ作者の最新作『クマ(29)、野生をやめて食器洗いグマになる』に登場するクマらしい。

 川で鮭を取っていたクマが獲物を泥水に落としてしまい、綺麗に洗い流している最中に洗い物に目覚めた。

 そして人間界で最高の洗い物達人を目指すため、下山してレストランで洗い物の修行を始めるというお話なんだとか。


「そのぬいぐるみは特注品だからな。世界に私たちが持っている5つしかない」

「会長もちゃっかり貰うんですね」

「私も瑛斗えいとクンの支援者だからな」


 茶柱さばしら会長はそう言って笑うと、ぬいぐるみのお腹の部分を押してみせる。すると、『洗い物は俺に任せな!』とクマが喋った。


「喋るの?!」

「ああ、ボイスは12種類あるぞ」

「瑛斗、優勝してくれてありがとう! 大好きよ!」

「あ、うん」


 喜びすぎて紅葉がおかしくなってしまっているのは放っておくとして、相変わらず何がいいのか分からないという様子の麗華とノエル。

 2人は会長に「いらないならファンに売るといい」と言われると、なるほどと大きく頷いた。


「5つ限定、しかもサイン入り。100万は下らない」

「このぬいぐるみが100万?!」

「運が良ければ倍にもなるだろうな」

「す、すごい……」


 可愛さや面白さはわからなくても、金額に例えられればその重みが理解出来たのだろう。

 大金になれている麗華はともかく、ノエルの方は緊張で手が震え始めていた。


「売るなんてダメよ。それなら私にちょうだい!」

東條とうじょうさんに? お断りします」

「いくら出せば譲ってくれるの?」

「では、1億で」

「払えるわけないでしょう?!」


 不満そうに地団駄を踏む紅葉を愉快そうに眺めた麗華は、「まあ、いくら出されても譲りませんけど」とこちらを見て微笑む。


「これは瑛斗さんが頑張ってくれたおかげで手に入ったんです。何であろうと私のお宝ですよ」

「そ、そうだよね……だ、大事に……」

「ノエルさん、震えすぎじゃありません?」

「だ、だってぇ……!」


 その後、ぬいぐるみは安全に自宅まで郵送されることになった。途中で盗まれたり落としたら大変だもんね。


「僕の分は奈々ななにあげようかな」

「あの子、丁寧に扱ってくれるかしら」

「心配なら時々見に来てよ」

「それは……好きな時に家に行っていいってこと?」

「もちろん。毎日来てくれてもいいけど」

「そんなの、もはや通い妻じゃない!」

「いや、友達だけど」

「普通に返さないでもらえる? 恥ずかしいから」


 そんな感じで、このゲームトーナメントは彼女の赤面がどアップで配信されて終わりを迎えたのだった。しかし、文化祭はもう少し続く。

 瑛斗たちのクラスの猫カフェは、紅葉を探しにやってきた男子生徒によって繁盛し、彼女は従業員として緊急呼び戻しをされることになった。


「ご、ご主人様……ご注文は……」

「『にゃー』をひとつお願い!」

「っ……にゃ、にゃー♪」

「可愛い! よし、追加でオムライスも!」

「かしこまりましたにゃ」


 もしも調理係じゃなかったら、延々とこの対応をしなくてはならなかったのかと思うと正直寒気がする。

 従業員(ネコ)控え室へと戻った紅葉は、「働くって大変なのね……」と頭を抱えたものの、すぐに新たな指名が入って飛び出していくことになるのであった。


「いらっしゃいま……瑛斗?!」

「さすが紅葉、似合ってるね」

「うぅ……あなたのせいだから。責任取りなさいよ」

「責任?」

「ほ、ほら、頑張ったね……とか」

「紅葉が猫になりきってくれたら後でするよ」

「シャー!」

「威嚇されちゃった」


 その後、瑛斗が彼女の頭を撫でたりしていたせいで『お触りOK』の噂が流れ、その対応でさらに忙しくなるのだけれど、それはまた別のお話。

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