第269話

 瑛斗えいと紗枝さえのコマを見分けられた理由は、彼女自身の発言の中にあった。

 紗枝は彼の『オオカミ』を言い当てる際、「大事なコマは普通は真ん中の順番に出す」と言ったのである。

 それはつまり、普通でない彼女は最初か最後にオオカミを持ってきているということ。


「それだけじゃ分からないだろ?」

「もちろん、もう一つの情報があったからこそだよ」


 その『もう一つの情報』は、萌乃花ものかとのゲームの中にあった。

 紗枝はズルはするが、あくまでルールが許す範囲内であり、いつでも勝負に真っ直ぐだった。

 そんな彼女がオオカミの位置を知った上で、あえて見逃したりするだろうか。いや、しない。

 ならばどうしてあの時、彼女は引き金を引かなかったのか。そう考えれば答えは自ずと出てくるだろう。


「あれは撃たなかったんじゃなくて、撃てなかったんだよね?」

「さすが先生、お見通しってわけか」


 『猟師』が発砲できる条件は、そのコマがゲームに残っていること。つまりはボードの上にいる必要がある。

 しかし、紗枝のAコマだけはまだ1歩も動いておらず、ゲームに参加している判定になっていなかったのだ。

 後は猟師が先にゴールするルールがあるため、一番進んでいるBコマがオオカミだった場合、ゴールできる距離でゴールしないことを怪しまれかねない。


「よって、Cコマがオオカミという結論に至った。そういうわけだよ」

「なるほど、確かに筋は通ってるな」

「ゲームの穴をつくなら、猟師を撃っても良かったんだけどね」

「なんだ、気づいてたのか」

「紗枝が面白くないだろうと思って、その方法を取らなかっただけだよ」


 あの時、瑛斗が猟師を撃っていたなら、彼のウサギは残り9歩。紗枝のウサギは4歩、オオカミは5歩の合計9歩。

 1歩ずつ進め合ったとしても、同時に互いの最後のコマがゴールすることになる。そして猟師がゴール出来ていない紗枝の村はオオカミに襲われて敗北。

 瑛斗の勝利に変わりはないものの、それでは確定した未来にのんびり進むだけで、エンターテインメント性に欠けていた。


魅音みおん先輩とのゲームを見て分かったんだ。紗枝はこういうの、好きなんでしょ?」

「……ふふ、ひっくり返されるのは大好きだ」

「満足させられたみたいでよかったよ」

「まあ、さすがにQRを入れ替えるのはズルすぎるけどな?」

「ルールを教えないのも大概だよ」

「それを言われるとなんとも……」


 彼女が後ろ頭をかきながら口篭ったところで体育館の扉が解放され、外で待機していた紅葉くれはたちがなだれ込んで来る。

 それと同時にやけに大きなくす玉が降りてきて、パカッと開いたかと思うと紙くずだらけの学園長が出てきた。

 彼は手に持っていたザルに乗った紙吹雪をばら撒きながら瑛斗に歩み寄ると、「君ならやってくれると信じていたよ」と笑ってみせる。


「実は今回の文化祭は費用がかさんでね。紗枝君のお父さんと支払いの割引を賭けて勝負していたんだよ」

「勝負ですか?」

「ああ、挑戦者が勝てば支払いは半額。紗枝君が勝てば1.5倍支払うというルールでね」

「甥っ子の文化祭を自分のために利用しないでくださいよ」

「まあまあ、ご褒美もあるんだからいいじゃないか」


 いつの間にか舞台下まで来ている紅葉、麗華れいか、ノエルは目をキラキラさせながら頷いている。

 瑛斗が優勝したということで、支援者である彼女たちにもご褒美があるのだ。それはもう待ち遠しいだろう。


「さて、ご褒美の発表と行こうか」


 舞台袖から現れた会長は、高そうなクッションに載せて運んできた1枚のカードを差し出してくる。

 食堂が無料で利用できるカードだと嬉しいな、なんて思いながら確認してみると――――――――。


茶柱さばしら 咲優さゆと付き合える券』


「……なんですか、これ」

「お前みたいに賢いやつなら、一生私のそばに置いてやってもいいと思ってな」

「いや、遠慮しときます」

「お前は優秀な私と付き合える、私も色々と得するSS級になれる。ウィンウィンの関係だろ?」

「ああ、そういう事ですか……」


 頭の中で某女将が『そこに愛はあるんか?』と繰り返し始めたあたりで、いくつもの殺気を感じ始めた瑛斗は後ずさりして舞台袖へと逃げ込む。


「ちなみに、私は同性も歓迎だ。支援者のお前らも欲しければ同じカードをやってもいいぞ?」


 会長のその言葉でプッチンときた3人は、一斉に舞台によじ登って彼女を取り押さえた。

 そして「会長の私に何を……」と抵抗されるのもお構い無しに、脇腹やら首やらをこちょこちょとしていく。


「や、やめっ……会長の威厳が……」

「やめて欲しいなら、もっとまともなご褒美をよこしなさいよ!」

「わかった、わかったから離してくれ!」


 乙女の尊厳も会長としての風格も失いかけたところで、ようやく魔の手から逃れることの出来た会長は、フラフラとした足取りで用意されていた正規のご褒美を取りに行ってくれるのであった。


「ご褒美ですし、外車2台くらいですかね」

「アメリカの宝くじじゃないんだから……」

「私の10歳の誕生日プレゼントはそうでしたよ?」

「……あなたの親、どうかしてるわ」

「のえるたそも2歳の時、電池で動く車もらったよ」

「……平和でいいわね」

東條とうじょうさんならまだ乗れるのでは?」

「あら、茶柱会長みたいになりたいらしいわね」


 文化祭であっても、3人はいつもと変わらず集まると騒がしいらしい。

 少し疲れている瑛斗は、舞台袖で箱の上に座りながらその微笑ましい光景を眺めつつ、ほっと一息ついていた。

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