第268話

【4ターン目】


「そういえば、使い終わったブーストカードはどうすればいいの?」

「そこら辺にでも置いとけばいいんじゃないか?」

「そっか、そうするよ」


 紗枝さえの言葉に頷いてカードを机の端に置こうとした瑛斗えいとは、手を滑らせてカードをばら撒いてしまった。


「おいおい、何してんだよ」

「ごめん、ちょっとクラっとしちゃって」


 口はあまりよろしくないものの、真っ先にカードを拾いに立ち上がる彼女。

 ちゃんと5枚あるのを確認してから、額に手を当てている瑛斗に手渡してくれた。


「大丈夫か?」

「あ、うん。もう治ってきたみたい」

「慣れない勝負で疲れが溜まってるんだろ。後で肩を叩いてやろうか?」

「そこまでしてくれなくて大丈夫。気遣ってくれるだけで十分元気もらえたよ」


 ホッとしたように微笑む紗枝は知らない。今のこの短時間で、勝負を左右する罠が仕掛けられたということを。


「アタイはAを2歩動かす」

「僕はCを3歩動かすよ」


 宣言通りにお互いがコマを移動させた結果、それぞれのコマの歩数は以下の通りになった。


 瑛斗 A.9歩

    B.1歩

    C.2歩


 紗枝 A.2歩

    B.6歩

    C3歩


 ついに動き出した紗枝のAのコマと、あと1マスでゴールにたどり着く瑛斗のCのコマ。

 しかし、オオカミの位置がバレている以上、彼は狼を撃ち抜かなくては敗北必至なのは変わりない。


【5ターン目】


 紗枝はCを2歩、瑛斗はCの『猟師』をゴールさせ、その代わりにAの狼を撃ち抜かれてしまう。


「これでアタイの勝ち確みたいなもんだな」

「まだ引き分けが残ってるよ」

「猟師を撃ったら、頼みの綱すら無駄だぞ?」

「大丈夫、もう分かってるから」


 彼はそう言いながら、紗枝のBコマを指さして「3歩ずつ進んでたし、これでしょ?」と聞いた。

 そのあまりにも単純な思考回路にため息をついた彼女は、「先生って意外とつまらないんだな」と目を細める。


「F級だからね」

「こう言っちゃ悪いけど……残念だ」

「期待に添えなくてごめんね」


 宣言通りにBコマへ向けて発砲したものの、加算された得点は紗枝に1ポイント。つまり、撃たれたのは『ウサギ』だ。


「これで本当にアタイの勝ち確定だな」

「そっかぁ」

「まあ、凡人にしては頑張った方だろ。もう勝敗は変わらないし、そろそろ終わりにするか?」


 紗枝の提案は効率的ではあったが、瑛斗はゆっくりと首を横に振る。


「最後まで自分の手で終わらせたい」

「……先生がそう言うなら付き合ってやるか」


 浮かしかけた腰をイスに下ろし、もはやゴールさせる順番さえ間違えなければひっくり返らない、ただの作業を始めたのであった。

 6、7、8ターン目とAコマを2歩ずつ進ませ、ついに9ターン目でゴールさせる。紗枝はこのコマに『猟師』のQRコードを貼っていたのだ。


『勝敗が確定しました』


 ゲーム台に表示された文字を見て、次のターンに移ろうとしていた2人は手を止める。


「ゲーム側から止められたな」

「そうだね、ルールに書いといてくれればいいのに」

「こんな長引くと思わなかったんだろ」


 彼女は苦笑いしつつ、使い終わったカードを片付けるために集め始めた。

 しかし、その数秒後に表示された勝者の名前を見て、思わずそれらを全て床に落としてしまう。

 だって、自分の名前ではなかったのだから。


「せ、先生の勝ち? どういうことだよ!」

「僕も紗枝を見習わせてもらったんだ。ちょっとズル過ぎるかもしれないけど」

「ず、ズル……?」


 挑戦者である唯斗が、自分に対してズルい手を使う好きなんてどこにも無かったはず。一度はそう思ったものの、よくよく疑ってみればひとつ思い当たった。


「カードを拾った時か」

「紗枝はいい子だからね。利用させてもらったよ」

「まさか、QRコードを……?」

「正解、賢くなったね」


 そう、紗枝の敗因は『オオカミを猟師よりも先にゴールさせた』というもの。

 自分で貼り付けておいて間違えるなんてことはありえない。つまり、紗枝はAが『オオカミ』であると知らずにゴールさせた。

 結果から言ってしまえば、瑛斗がAとCのQRコードを張り替えたのだ。


「カードの裏がやけにツルツルしてると思ってたけど、貼り変えるためだったんじゃないかな?」

「そうだとしても、そもそもどうやってコマの役割を見分けたんだよ」

「それを今から説明してあげるよ」


 彼はそう言って紗枝を見つめると、彼女が落としたカードを拾い始めた。

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