第267話

 まず、瑛斗えいと紗枝さえは3枚の支援者カードの裏にQRコードを貼り、お互いがわからないようにそれぞれの列のゼロマス目にカードをセットする。

 使われたカードは両者共に紅葉、麗華、ノエルの3枚のため、左から順にABCと呼ぶことに決めてゲームスタート。


【1ターン目】

「さてと、どれから動かすか」


 そう言う紗枝の視線は、時折Cのコマを見ている。普通の人ならそれが大事なカードである可能性が高いが、歴戦の彼女ならわざとだと考えた方が自然だ。

 そう判断したのを知ってなのか、移動のフェイズになると紗枝はCを3前へ進ませた。

 3歩進めるのは『オオカミ』だけ。当たり前だが、初手からバラすようなことはしない。『猟師』か『ウサギ』にブーストを使ったと考えるのが妥当だろう。


「3歩進んだぞ? 撃たなくていいのか?」

「結構大胆な戦略だね」

「そう言う先生はBを1歩か。小心者だな」

「これも戦略だよ」


 互いに腹の内を探り合いながら、発砲を残したまま次のターンへと進んだ。


【2ターン目】

「ところで先生、聞いてもいいか?」

「何?」

「どうして先生はF級なんだ?」

「恋愛に向いてないからかな」

「それは分かってる。そうじゃなくて、どのステータスが原因かって聞いてるんだよ」

「ああ。僕ね、恋愛に興味が無いんだ」

「興味が無いって、誰も好きになれないのか?」

「好きにはなるよ。でも、友達としてね」


 紗枝はその言葉に「へぇ」と頷くと、細長い人差し指を自分に向けながら、少し照れたように聞く。


「アタイに対してはどうだ?」

「あ、中学生はさすがに無いよ」

「……確かに恋愛に興味無さそうだな」


 彼女の「来年覚えとけよ」という言葉に「楽しみにしてるね」と返した瑛斗は、紗枝が呆れているということにも気付かず、さっさと動かすコマを決定させた。


「Aを2歩動かすよ」

「アタイはBを3歩だ」


 一度の進み幅が大きい紗枝と慎重な瑛斗。2人の戦法は大きく違うが、現時点で紗枝が『ブースト』を1つ以上使っていることは間違いない。

 そして瑛斗はまだ使用していない。つまり、Aは『ウサギ』ではない。

 だが、紗枝にはAが2歩進んだということしか分からないわけで、あえて最大歩数歩かせずに2歩で止めることで『猟師』への偽装を図っているのだ。


【現在歩数】

 瑛斗 A.2歩

    B.1歩

    C.0歩


 紗枝 A.0歩

    B.3歩

    C.3歩


 歩数的には負けているものの、オオカミを撃つことが出来れば十二分に逆転し得る状況。

 瑛斗は再度発砲を温存して進んだ3ターン目、ここで大きな賭けに出ることにした。


【3ターン目】

「このターンで4の内、ブーストを3枚使うよ」

「……ほう」

「Cに3枚使って6歩進ませる」


 この言葉にはいくつかの騙し要素が練り込まれている。

 まず、あえて残り4枚と言うことで1枚を既に使っていると思わせること。これによって2歩進んでいるAがウサギだと勘違いさせる作戦だ。

 そして3枚使って6歩進ませるということは、Cが元が3歩の狼だと教えることになる。ただ、1歩歩数の少ない猟師に4枚使えば、同じだけ進ませることが出来るのだ。

 これによって紗枝が騙されてくれれば、危険な猟師を排除することができるのだが、さすがに一筋縄では行かない。


「それで騙してるつもりか? もし本当にCが狼なら、わざわざ口に出すやつがあるかよ」


 彼女はそう言ってため息をつくと、こちらのAのコマを指差しながらにんまりと笑った。


「これがオオカミだろ」

「……違うけど」

「いいや。人間は何かを隠す時、真ん中に大事なものを持ってきやすい。心理的なことだから、アタイみたいに勝負慣れしてなきゃそうなっちまう」


 紗枝は瑛斗の表情を確かめながら今度はCを指さして、試すようにゆっくりと「猟師か」と呟く。


「オオカミより先にゴールさせなきゃいけない分、前に出しておきたくなる」

「チガウヨ?」

「顔に出てんだよ」


 完全に見透かされていた。この2つが分かればこのゲームは負ける方が難しくなる。

 いくら表情の変化が激しくない瑛斗でも、ポーカーフェイスが上手い相手とも戦ってきた彼女になら分かるのだ。


「まあ、オオカミが分かればこっちのもんだな」

「撃つの?」

「撃って欲しいか?」


 そう聞かれて頷くわけには行かず、彼が首をブンブンと横に振ると、紗枝はケラケラと笑いながら上げかけた手を下ろす。


「もっと楽しみたい、撃つのは後にしてやるよ」

「えっと、ありがとう?」

「その代わり、もっと足掻いて見せてくれ。最後がこんな試合じゃ寂しいだろ」


 そう言いながらBのコマを3歩動かす彼女に、唯斗が違和感を感じたことは言うまでもない。

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