第265話

「そ、そんな……」


 敗北の文字を見て声を漏らしたのは、萌乃花ものかの方だった。

 なぜなら、質問によってドラゴンで確定していたはずの宝箱に、A級冒険者が倒されてしまったから。


「まさか嘘を―――――――」

「アタイは嘘なんてついてない」

「ならどうして負けるなんてことが……」


 そう言いかけた彼女は、開き切った宝箱の中身を確認して息を飲む。

 そこには確かにドラゴンのコマが入っていた。しかし、強引にもうひとつコマが押し込まれていたのだ。


「A級冒険者を倒したのはこの偽物の種だ」

「待ってください、おかしいです!」

「何がだ、言ってみろよ」


 萌乃花の主張はこうだ。

 自分が『A級で倒せるか』と聞いたのに対し、YESを返したのなら敗北はおかしい。よって嘘を使用したことになる。

 しかし、紗枝さえはそんな言葉を予想していたかのように嗤うと、偽物の種のコマを手に取って至近距離で眺め始めた。


「お前が本当にそう聞いたのなら答えはNOだった」

「何が違うんですか」

「どう考えても違うだろ。『A級で倒せるか』ってのと『中のモンスターはA級で倒せるか』ってのは」


 萌乃花には理解出来ていないようだったが、瑛斗えいとにはあえて『モンスター』という部分が強調されていたことでわかった。

 それに気がついた紗枝は、「先生、代わりに説明してくれ」と視線を向けてくる。


「簡単に言うと、ドラゴンはモンスターだけど、偽物の種はってことだよ」

「その通り、さすが先生だな」

「偽物の種はあくまで宝箱をモンスターに変えるアイテム。萌乃花が聞いたのは中のドラゴンについてだから、嘘をついたことにはならない」


 紗枝は言いたいことを全て言ってくれた瑛斗に礼を言いつつ、「そもそも、2個入れるなんて……」と困惑する萌乃花を鼻で笑った。


「ルールにある条件は『コマを余らせない』のみ。2個がダメなんて書いてないぞ?」

「それはそうですけど……」

「これはお互いに気付けるルールの穴だった。気付けなかった自分の不甲斐なさを恨むんだな」

「む、むぅ……」


 これによって萌乃花のA級冒険者は手札から除外、宝箱本体に敗北した判定なので、中のドラゴンも生存という結果になる。

 そして、討伐結果は以下の通りだ。



【冒険者・萌乃花】

 F級―偽物の種      討伐

 B級―銭袋オバケ     討伐

 A級―偽物の種&ドラゴン 敗北

 ナシ―ナシ

 ナシ―花の怪物


【冒険者・紗枝】

 A級―ドラゴン   討伐

 C級―銭袋オバケ  討伐

 F級―偽物の種   討伐

 ナシ―偽物の種

 B級―花の怪物   討伐


 萌乃花・・・82ポイント

 紗枝・・・・88ポイント



「私の嘘を見破ってたんですね……」

「優勢なやつがわざわざドラゴンを中央以外に置いて、10ポイント獲得のチャンスを増やす意味は無い。そう考えるのはゲームが下手なやつだけだろ」

「……そうですね」


 俯く萌乃花に追い打ちをかけるように、画面では残り手札の換算点や嘘を使わなかった分のポイントが加算されていく。

 どんどんと開いていく二人の圧倒的な差を前に、瑛斗はここまでになると萌乃花でも落ち込むのではないかと思ったが――――――――――。


「ふっ、ふふふ……」


 彼女の顔を見てみれば、落ち込んでいるどころか笑っていた。それも何かを企むような卑しい笑い方ではなく、心底楽しかったと言わんばかりに。


「ありがとうございます! 私は全力で戦って、全力で負けました。これで悔いなく『敗北者』として身を潜められますよ♪」


 生まれながらに目立つことが嫌い過ぎるのか、それとも何か事情があるのか。

 気になって好奇心で聞いてみたが、萌乃花は「不幸があと83個残ってるだけですよ」と微笑むだけ。紗枝とそれ以上は追求しなかった。


「また一緒にゲームしましょうね!」

「先生の友達なら大歓迎だ」

「あ、目立たないやつでお願いしますよ? 負けたら交差点でブレイクダンスなんて、恥ずかしくて溶けちゃいますから……」

「それもアリだな」

「ナシですよ?!」


 ぷぅっと頬を膨らませたまま、「では、また!」と手を振りながら体育館を後にする萌乃花。

 ゲーム中はあんなに真剣な表情をしていたのに、日常に戻ればあんな朗らかな顔を見せるんだね。

 瑛斗はそんなことを思いながら、見下ろしてくる紗枝の目を見つめ返した。


「ついにメインディッシュのお出ましだな」

「いや、お店のお茶漬けに添えられる梅干しだよ」

「あれは大事だろ」

「じゃあ、梅干しの種にしとく」

「……確かに無ければいいとは思うけどな」


 少し呆れ気味の彼女に手招きされ、瑛斗は最後の挑戦者として最後のゲームをプレイするのだった。

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