第252話

 おぞましい悪魔の登場から約2分後、このどう考えても一方が不利な勝負の決着がついた。


「……ボクが、負けた……だって?」


 瑛斗えいとの勝利という形で。

 『私も見させてもらおうか』と腕を組みながらデバイス越しに観戦していた会長も、開いた口が塞がらなくなる結末だった。


「どうして自分だけの最強デッキを作ってきたのに、ボクが負けなきゃいけないんだ!」

「落ち着いてください、学園長。理解が追いつかない気持ちはわかりますけど……」


 勝者であるはずの瑛斗ですら、本当に勝ったのかと疑いたくなるこの状況。

 彼は決め手―――――――というより戦犯になったカードを見つめながらため息をこぼす。

 そのカードの名前は【ミシャンドラ】、つまり学園長は自分自身のモンスターにやられたのだ。


 事の流れを説明すると、学園長のターンエンド後に瑛斗が引いたカードは【何事も学習 斎藤さいとう 貴史たかし】。

 初戦の対戦相手であった斎藤くんの支援者カードを使い、ミシャンドラに状態『混乱』を付与した。

 それによって使用者の言うことを聞かなくなったミシャンドラは、目の前の斎藤くん……ではなく学園長に向かって突進。

 その結果、飼い犬に手を噛まれた状態で、きっちりライフをゼロにしてしまったという感じである。

 もちろん『混乱』には確率性があり、絶対に使用者を攻撃する訳では無い。40%の確率では敵を攻撃し、20%の確率で自身を攻撃する。

 つまり、瑛斗の運が良かった上に、学園長の運が悪かったがゆえの勝利なのだ。


「……こほん、取り乱してすまない」

「いえ、何も見てないことにしますから」

「助かるよ。事実を認められる者こそ、真に大人と言える。ボクもそうあらねばならないからね」


 学園長はそう言いながら、少し離れた位置に待機していた秘書さんへ手招きをする。

 彼女が運んできたのはアタッシュケース。机の上に置かれたそれを開いてみると、中にはやたらキラキラしたカードが入っていた。


「ボクのカードも作ってみたんだ、よかったら使ってみてくれ」

「チートカードじゃありませんよね?」

「それは君からすれば今更だろう」


 その言葉を聞いて確かにと頷いてしまった。

 S級のカードは、そのほとんどが出すだけで勝てる強さを持っている。それを使って勝ち上がっている自分には、とても言えたものじゃなかった。


「ありがたく使わせてもらいます」

「ああ、ボクが支援者になった以上、君には絶対に優勝してもらわないとね」

「そんなにいいものが貰えるんですか?」

「いやいや、秘書と賭けをしているんだ。瑛斗君が負ければ今夜は食事だけ、もしも勝てば……」

「あ、その先は言わなくて大丈夫です」

「……そうかい?」


 学園長は「彼女は夜も素敵なんだ」と甥っ子に言うことではないはずの言葉を残して、秘書と共に立ち去っていった。

 独身で相手もOKしているなら何も言う必要は無いけれど、正直もう少しくらいは節操を持って欲しいよ。

 瑛斗は心の中で深いため息をつくと、いつの間にか会長が消えている画面をちらっと見てから、先程受け取ったカードへ視線を落とした。


【学園の長 火ヶ森ひがもり学園長】

 SSランク 5コスト 設置系

『ボクの判断は絶対だよ』

 使用時、敵の手札にあるカードと場に出ているカードをランクがひとつ低いカードに変身させる。

 また3ターンの間、先攻ターン開始時に敵の場にあるカードをランクがひとつ低いカードに変身させる。

 この時、Fランクよりも低くなったカードは自動的に墓地へと送られる。


「これ、使う機会あるかな」


 モンスターの破壊なら出来るのだが、そもそも別のものに変えてしまうというのは、どうしても卑怯なように思えて気が進まなかった。だから。


「……いや、やめとこ」


 そう呟いてカードをデッキではなくポケットに入れたことは、彼だけの秘密である。

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