第244話

 50台の机と100脚のイスがズラリと並ぶ体育館。僕はその中の一つに腰を下ろし、これから対戦する相手を見ていた。


「……何か?」

「いや、ボーっとしてただけだよ」

「そうですか」


 全員が集まるまで少し時間があったから、デバイスで彼のことは少し調べてある。

 1年D組の斎藤さいとうくん。C級と1年生の中でもステータスは上の下辺り。

 眼鏡をクイッとやりながら本を読んでいる様からわかる通り、特に勉強のステータスが高い生徒だ。


「さっきから何を読んでるの?」

「さっき図書室で借りてきたやつです」


 そう言って彼が見せてくれた表紙には、『カードゲーム入門』というタイトルが書いてある。

 どうやらあまりこういうものに馴染みはないらしいね。それならあまり固くなる必要も無いかも。


「僕もカードゲームは久しぶりなんだ。お互い楽しんでやろう」

「そうですね、よろしくです」


 少し無口だけれど、笑うと可愛らしい後輩という感じで印象は悪くない。

 初戦が怖い人だったら嫌だなと思っていた僕にとって、良いスタートかもしれなかった。


『棄権者1名、そいつ以外全員揃ったな』

『棄権者と対戦相手になった方は、無条件で2回戦に勝ち上がれますよ』


 強制ライブ配信に映る委員長がそう言うと、向こうの方の机から喜びの声が聞こえてくる。確かに不戦勝とは羨ましいね。


『その他の参加者にはこれからデッキが配られる』

『係の人、お願いしますね〜』


 会長たちの呼び掛けに応じて、体育館へ入ってくる黒服の男女5名。彼らは生徒の顔を見ながら、それぞれのが反映されたデッキを手渡していく。


「これがあなたのデッキです」

「あ、ありがとうございます……」


 向こうの机でカードを配っているのは、学園長室にいた秘書さんだろうか。こういう仕事もするんだね。


「あれ、君は……」


 カードを配りに来てくれた女性は僕を見ると、不思議そうに手を止めてサングラスを外す。

 こんなところにいると思っていなかったから分からなかったけれど、よく見れば文科省から来た碧浜あおはま 結衣ゆいさんだった。


「また雑用させられてるんですか?」

「あの学園長、経費について隠しているところがある。それを話してもらうために少しばかりな」

「上司に相談したらどうです?」

「あの頑固オヤジが動くとは思えない。私は私の力であの学園長の口を割らせてみせる」

「少しは自分のことも大事にしてくださいね」

「君は優しいな。安心してくれ、この仕事が終われば今日は帰れることになっているからな」

「明日は?」

「学園中の窓拭きとトイレ掃除だ」

「……学園長のこと、怒っておいてあげますね」


 完全に雑用係と化している彼女を憐れみつつ、カードを受け取ってお礼を言う。

 ここしばらくずっとこの調子なのだろうか。そう考えるとすごく可哀想な人だよ。


『全員にカードが行き渡ったな。それじゃあ、対戦の仕方を説明する』

『まず、一番上にあるゴブリンを召喚してもらえますか?』


 委員長の言葉を聞いて、みんな束からゴブリンを抜き取ると、それを表向きに机へ置いた。

 すると、ただ黒いだけだと思っていた机がカードを認証し、机の3分の1の面積が15cmほどせり上がってきて、そこに立体的なゴブリンが投影される。


『カードにはそれぞれ情報がインプットされていて、机は表面が読み取り機になっています』

『モンスターの同時召喚可能数は互いに5体まで。その四角いエリアの中に立体映像として映し出されるから、カードゲーム初心者でも目で楽しめるってわけだ』


 なるほど、どういう仕組みなのかは分からないけれど、とにかくすごいことだということは分かる。

 どうせならゴブリンに触れてみたい気持ちもあるが、ガラスの壁の中にいるためそれは不可能だ。


『では、ゴブリンを山札に戻してカードを右手側の投入口に入れてくれ。自動でシャッフルして初期手札を排出してくれる』


 僕は言われるがまま、カードを先程まで無かったはずの凹みに入れ、代わりに飛び出してきた4枚のカードを受け取る。


「じゃあ、よろしくね」

「……よろしくお願いします」


 しっかりと斎藤くんに挨拶をしてから、右拳を突き出した。


「じゃんけーん―――――――ポン!」


 よし、僕が先攻だ。

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