第241話

 バケツカップルと愉快な仲間たちの助けよって、午後を自由に歩き回れる時間にできた僕たちは、せっかくだからとステージのあるエリアにやってきていた。


「「「「4人合わせてWASSup?調子はどう?です!」」」」


 そしてまさに今、ノエルたちのコンサートが始まろうとしている。僕は『商売上手だなぁ』と思いつつ近くの店でペンライトを購入し、早速ノエルカラーの黄色に点灯して振る。


「あ、今のえるたそが手振ってくれたよ」

「いろんな人に振ってるわよ」

「今度はウィンクしてくれた」

「アイドルなんだから、それくらいするでしょうね」

紅葉くれはも楽しもうよ、のえるたそが――――――」

「のえるたそのえるたそってうるさいわよ!」


 突然怒り始めた紅葉に引っ張られ、僕はファンの集団から離れた場所へと連行されてしまった。

 せっかく真ん中より少し前辺りに入り込めていたのに、勿体ないことをしたよ。


「紅葉、何を怒ってるの?」

「だって、瑛斗えいとがステージに夢中……じゃなくて、私には何も見えないのよ!」

「あ、そっか。肩車してあげればよかったね」

「別の意味で見れなくなるからやめてもらえる?!」


 彼女は「ここからでも見えるわよ」とベンチに座る。本当はもっと近くで見たいけれど、あの人混みで紅葉が怪我をしても困るからと、大人しく隣に腰を下ろした。

 それから少しして、衣装替えの前にメンバー同士の赤裸々なトークが挟まれる。

 僕が4人とも仲良さそうだなぁなんて和んでいると、突然現れた黒ずくめの人に肩を叩かれた。


「え、誰ですか?」

「私だよ」

「詐欺は遠慮したいんだけど」

「オレオレ詐欺の後に流行ったワタシワタシ詐欺じゃないよ!」


 そう言った黒ずくめはサングラスとフードを外すと、その綺麗な金髪と端正な顔立ちを露わにする。僕はそれを見て思わず目を疑った。


「ノエル?!」

「しーっ! バレたら騒がれちゃうからね」


 彼女は慌てて僕の口を手で塞ぐと、人差し指を唇に当てて静かにとジェスチャーをして見せる。

 そのおかげで僕も心の整理が出来て、何となく事情が掴めてきた。


「ステージにいるのはイヴだったんだね」

「御明答♪ 1時間半のステージのうち、前半だけ交代してるの」

「どうしてわざわざそんなことするのよ」

「それはイヴがやりたいって言ったから。入れ替わりがバレるかどうかのスリル、うへへ……♪」


 若干変な性癖に目覚めかけているところには触れないであげておくとして、まさかイヴがあんなにも明るく振る舞えるとは思わなかった。

 まさにアイドルスマイル。きっと、普段の彼女があんな笑顔を見せたら、大半の男子は勘違いをするだろう。


「ランクも私と入れ替わってるだけで、イヴは本来S級の素質がある子だし」

「あ、そっか。ついつい忘れちゃいそうになるよ」

「今でも何故かあの無口を演じてるけど、本来の性格は私よりも明るいからね。たまにはああやって発散したいんじゃないかな?」


 演技をやめないのは、あの性格が気に入ったからなのか、周りを驚かせたくないからなのか、はたまた別の理由なのかは分からない。

 ただ、ひとつ分かるのは今のイヴが心から楽しんでいるということだろう。どちらの彼女も、きっと必要なのだ。


「さすが、私の可愛い妹♪」

「シスコンだね」

「瑛斗くんこそだよ」


 イヴの無表情は、感情を届ける才能を隠すためのリミッターになっている。それを外してしまえば、こんなにもたくさんの人がつられて笑顔になる。

 勿体ないといえば勿体ない。けれど、才能は結局その人にしか使えないもので、本人が嫌がってまで使わせられる方が『人生の持ち腐れ』になってしまう。


「まあ、才能なんてない僕には無縁の話かな」

「あら、瑛斗にはちゃんと才能があるわよ?」

「どんな?」


 僕の問い返しに「私を惹き付ける才能かしら」と小声で教えてくれた紅葉に対して、ノエルは「紅葉ちゃんだけじゃないけどね?」と言いながらステージへと向かっていった。

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