第240話

「ご馳走様でした」

「ごちそうさま」


 紅葉くれはには、僕が食べきれなかった半分のオムライスをお昼ご飯にしてもらった。

 少し悪い気もしたけれど、本人が食べたいと言ってくれたしいいよねという感じで。


「じゃあ、そろそろ戻るわよ」

「そうだね。休憩を他の人と交代しないと」


 自分のクラスではあるものの、しっかりとオムライス2つ分の代金を払ってから教室を出る。

 すると、少し歩いたところでふと紅葉が立ち止まった。何かに気づいたような顔をしている。


瑛斗えいと、私たちってずっとスイーツ係なのよね?」

「他に代わってくれる人もいないからね」

「ということは、他クラスを覗けないってこと?」

「そうなるかな、もう調理室離れられないし」

「…………」


 僕はそれをわかった上で紅葉のサポートをしていたつもりなんだけれど、彼女はそうではなかったようだ。

 ガックシと肩を落としながら、「瑛斗と回りたかったのに……」なんて残念そうに呟いている。


「ほら、文化祭って他の学校でもあるからさ。そういうのを一緒に回ればいいんじゃないかな?」

「でも、最近は招待制でしょう? 他の学校に友達なんて居ないわよ」

「同じ学校にいなかったくらいだもんね」

「うっさい」


 今の紅葉には少しばかりきつい言葉だったようで、いつもの冗談で和ませようとしたのに逆効果になってしまった。

 僕にも他の高校の友達なんて居ないし、今回を逃すと来年になってしまう。思い出だって調理だけになっちゃうよ。

 そんな風に頭を悩ませていると、廊下の奥からこちらに向かって歩いてくる集団が視界に入った。


狭間はざま 瑛斗えいと、やっと見つけたぞ!」

「ちょっと、かなり探したんですけど〜」


 あのバケツカップルだ。転校初日以来関わることは無かったと言うのに、今日みたいな日に絡まれるとは思っていなかった。

 後ろにいるのは仲間だろうか。やたらガタイのいい大男やら、指の上でコインをクルクルと回している剃り込みの女、武術入門と書かれた本を片手にメガネをクイッとやっているガリ勉までいる。


「何か用?」

「他のスイーツ係から昼食休憩だって聞いてな。探し回ったんだってばよ」

「なんで某忍者みたいな口調?」

「昨日、アニメ見返したから言いたくなっただけだ」


 逃げようかとも思ったけれど、相手が何をしてくるかも分からない以上、下手に動くのは良くない。

 そもそも、紅葉が座り込んだまま動こうとしないから、その選択肢すら選べないけどね。


「僕たち、戻らないといけないから」

「ああ、その事なんだけどよ。今調理室に戻ってもあいつらはいないぜ?」

「……どういうこと?」


 僕の言葉に大男がそのブヨブヨとした腹を揺らしながら、「俺たちが追い出したんだ、くふふ」と笑う。

 まさかそんなことをされているとは思わなかった。少なくともバケツカップルは同じクラスだからメリットはないはず。

 何が目的なのか分からない。どう対抗すればいいのかも分からない。もう為す術がないと思われた。しかし。


「おい、紛らわしい言い方するなよ」

「いてっ。くふふ、すいやせん……」


 バケツ男が突然、大男の頭を叩いたのだ。「追い出したんじゃなくて、代わってやっただけだろ」という言葉も付けて。


「こ、これはどういう状況?」

「いや、なんて言うか……俺たちも本当はスイーツ係に立候補したかったんだよ」

「どうしてしなかったの?」

「だって、俺たちみたいな半端なやつがスイーツ作りが趣味だなんて、笑われそうで恥ずかしかったんだよ」


 話を聞く限り、バケツカップルは将来スイーツを作る仕事がしたいらしい。そのための勉強はしているものの、人に振舞ったことは無いんだとか。


「でも、狭間くんの作ったスイーツを食べて思い出したの。美味しいもので人を笑顔にするのにランクなんて関係ないんだって」

「バケツくん、バケツさん……」

「料理部の友達も連れてきた。調理室にもあと3人いる。バケツのことを根に持っているのはわかるけど、俺たちにスイーツ係を任せてくれないか?」


 それは願ってもない申し出で、かつての悪い印象は消し飛んだとまでは言わないものの、彼らの表情を見れば不思議と差し出された手を握り返していた。


「後のことはお願いするよ、バケツくん」

「ああ、お前たちとこの祭りを楽しんできてくれ」


 僕は紅葉を支えて立ち上がらせると、彼女の手を取ってバケツカップル集団の横を通り抜ける。

 振り向いたりはしない、不思議と不安を感じないから。スイーツの前で正義は語れても、その甘さの中に悪を隠すことなんて出来ないと信じているから。


「それと、俺の名前は小宮こみやだからな!」

「覚えれたら覚えておくよ、バケツくん」

「……ったく」


 彼らもコイン女の「オモテ、良い予兆だぜ」という言葉で背中を向けて歩き出した。

 もしもここまでのストーリーを少年が要約するとすれば、きっとこうなると思う。


『敵っぽいのが仲間になって助けに駆けつけてくれて……なんか、ジ○ンプみたいじゃね?』

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