第239話
十数分後、クラスメイトや他の客から『なんやこいつ』という目で見られながら待ち続けた僕は、教室に入ってきた2人のコックを見てホッとする。
机に何も置かずに座り続けてるせいで、出ていけばいいのにオーラを四方から発されてたからね。
「待たせたわね」
「
「あ、あれは卵が勝手に落ちただけだから!」
「それを失敗というのですが?」
「うっ……」
押し負けている紅葉に「全然待ってないから大丈夫だよ」と伝えると、彼女は元気を取り戻して「
「まあいいでしょう。どの道勝負はするのですから」
「なら初めから突っかかってこないでもらえる?」
「減らない口はこれですかね」
「んっ?!」
心底面倒くさそうな麗華に唇を引っ張られ、涙目で口周りを撫でる紅葉。
そんな2人は僕がオムライスの乗ったお皿を見ているのに気がつくと、すぐに喧嘩をやめて食器用ナイフを手に取った。
「では、どうぞ♪」
「ひ、開くわよ?」
笑顔と緊張気味という相反した表情で、同時にライスの上の卵に切れ込みを入れる。
その瞬間、卵が包み込むと同時に固まり切っていない中身がトロッと溢れ出した。麗華はともかく、紅葉の方は練習通りにできたみたいだね。
「ケチャップもかけてくれる?」
「もちろんです」
「ええ、いいわよ」
これもサービスだからね。この店でオムライスの出来を判断するのなら、しっかりとそこまで味あわせてもらわないと。
僕がそんなことを思っているうちに、麗華は『ご主人様♡』と書き、紅葉も同じように書こうとしたらしいが、恥ずかしさからか手が震えてしまってハートが楕円になってしまっていた。
少し厳しい客目線にはなるけれど、サービス面では麗華の方が優秀かな。
「それじゃあ、いただきます」
手を合わせてスプーンを手に取る。まずは麗華のオムライスを一口食べる。
さすが作りなれているだけあって、とろっと具合が絶妙だよ。定期的に食べたくなるような魅力があるね。
「こっちはどうかな」
次は紅葉のオムライス。とろっとしてはいるけれど、麗華のを食べてからだと少し固まりすぎなようにも思えてしまう。
付け焼き刃の料理力では、少し限界があったみたいだね。こればかりは仕方ない。
「ご馳走様でした」
僕はどちらのオムライスも半分ずつ食べ、程よく膨れたお腹を擦りながら2人を交互に見た。
一方は確信している勝利に笑みを我慢できず、もう一方は不安げに床を見つめている。少し残酷だけれど伝えるしかない、僕の思う勝者を。
「勝者は――――――」
「「……」」
「―――――――――紅葉かな」
その言葉に、麗華の笑みは驚きに変わる。彼女はすぐに「どうしてですか!」と文句を口にするけれど、僕はそれを無視して紅葉の頭を撫でた。
「紅葉の勝ちだよ」
「ほ、ほんと?」
「うん、すごく美味しかった」
その言葉に目をうるっとさせた彼女は、「ちょっとお手洗いに……」と言い残して教室を飛び出していった。そんなに嬉しかったのだろうか。
「……分かりません、どうして私が負けるのか」
「正直、客としてなら麗華の方が良かった。けれど、僕に判断を任せるのなら僕として勝ち負けを決める」
「そこに何の差が出るんですか?」
ケチャップをかける紅葉の手の震え、思い直してみればあれは恥ずかしさから来るものではなかった。
彼女はフライパンの振り過ぎで手首を痛めてしまったのだ。今日だけではなく、昨日も自宅で練習していたのだろう。
「僕はそういうのを知った上で、紅葉に勝ちをあげたいんだ。いいかな?」
そう聞くと麗華はしばらく頭を悩ませていたが、やがて「……いいでしょう」と頷いてくれた。
「確かにこの勝負は色んな面から見て、初めから私の優勢でしたから」
「麗華」
「よく頑張りましたね、東條さん。私は負けを認めざるを得ないようです」
彼女は降参とばかりに両手を上げて見せる。
そんな優しい彼女には悪いとは思いつつ、僕はどうしても気になっていたことを一つだけ言わせてもらった。
「麗華のオムライスは冷めてたね」
「それは紅葉さんが作り直しをしていたからで……」
「お客さんはそういう都合に耳を貸さないよ?」
「まったく、都合よく客になりますね。瑛斗さん、東條さんに勝たせたいだけじゃないですか?」
「バレちゃった?」
「はぁ、初めから不利だったのは私みたいですね」
「ごめん、今度埋め合わせするよ。だから今は紅葉に喜ばせてあげて」
「2人でパンケーキを食べに行ってもらえるなら」
「いいね、行こっか」
「ふふ、なら許します♪」
そんな感じで、決して良い終わり方とは言えないものの、オムライス対決は無事決着が着いたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます