第238話

 普段授業が始まるのと同時刻、校内放送によって文化祭の開始が宣言された。

 待ちわびていた生徒たちは一斉に歓声を上げ、一部の者は客引きのために自作の看板を掲げて飛び出していく。


「僕たちも始めようか」


 僕と紅葉は数人のクラスメイトを連れて調理室へと向かい、早速スイーツ作りを開始した。

 どのスイーツも時短調理を活用したレシピだから、3分から5分で出来ちゃうんだよね。

 おかげで前日から作り置きをしておく必要が無いのがいいところだよ。冷蔵庫に長く入れると食感が落ちちゃうし。


「初めの頃は人も少ないだろうし、作り方を思い出しながらやっていこうか」

「そうね」

「男子3人はミルクレープの生地を焼いて。彩姫あやめさんには生地が冷めてから重ねる作業、山寺やまでらさんにはパンケーキを作ってもらいたい。作り方は渡した紙に書いてあるから」

「「「「「わかった!」」」」」


 さすが、手伝いならすると自ら名乗り出てくれた5人なだけあって、その目はやる気に満ち溢れている。

 女子2人はスイーツ作りの経験があるらしいし、これなら紅葉だけに負担がかかることも無く順調に進めていけそうだね。


「分からないところがあれば僕に聞いて。紅葉のサポートをしてるから」


 そう伝えてからそれぞれの作業に入ってもらう。紅葉は他のみんなが作らないものを全て作るため、僕の手助けが必要不可欠なのだ。


「じゃあ、デバイスにオーダーが届くまでに作っちゃおっか」

「そ、そうね」

「そんな緊張しないで、僕がそばにいるから」

「ふふ、瑛斗えいとがいるなら――――――」


 彼女が何かを言おうとするのと同時に、「狭間はざまくん、ちょっと来てー!」という声で僕の意識はそちらへと向いてしまう。


「今行くよ。紅葉、頑張って」

「……あ、うん」


 そのせいで気付くことが出来なかった。紅葉が「簡単に離れるな、ばか……」と呟いていたことに。

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 それから1時間ほど作業をした頃。飲み物の補充をしに来たクラスメイトによると、店は予想以上に繁盛しているようで、まだまだスイーツが必要らしい。


「じゃあ、彩姫さんもパンケーキ作りをしてくれる?男子は女子2人が作ってるのを見て学んで」


 ホールケーキを6等分にしているガトーショコラとミルクレープは、まだ比較的数に余裕があった。

 ただ、人気ナンバーワンは不動のパンケーキ。理由は進行役が考えた『チョコペンで名前を書いてあげるサービス』がかなりウケたからなんだとか。


「紅葉はガトーショコラを作り続けて。僕はミルクレープを作るから」

「え、でも、一人で作るのは難しいんじゃ……」

「大丈夫、ちゃんと練習してきたから」


 僕はそう言って4つのフライパンをセットすると、十分に温めてから生地の素を流し込んでいく。

 そして表裏を丁寧に焼いてから、冷まし台の上へと4枚並べた。


「一度に4枚ずつ作れば、3人で焼くより早くできる」

「さすが……」

「紅葉、もうサポートいらないくらい慣れてきたでしょ? そろそろ僕も頑張らないとだから」


 濡れたキッチンペーパーを敷いてフライパンを冷ましている間、3人の男子が焼いておいてくれた生地に生クリームを塗って時間を上手く使う。


「ほら、紅葉も手を動かして」

「そ、そうね!」


 それから僕たちは延々とスイーツを作り続けた。それでも調理室から出ていく量と作られる量はほぼ同じで―――――――――――――。


「さて、ここからは私たちの時間ですよ」


 11時半を迎えると同時に、オムライス担当組がガラッと扉を開けて踏み込んできた。

 集中していて気付かなかったけれど、いつの間にかそんなにも時間が経っていたのだ。


「瑛斗さん、教室で待っていてください。すぐにお昼ご飯を持っていきますから♪」


 麗華れいかは紅葉を見下ろしながら、いかにも余裕そうな笑顔を見せた。

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