第235話
「手伝ってくれるんですか?!」
「いや、何も言ってないけど」
「ありがとうございますぅぅぅ!」
どうせ相手は見ず知らずの女の子。放って帰ってもバチは当たらないだろうと逃げようとするも、すぐに手を握られてブンブンと上下に振ってきた。
「とりあえず、新しい紙に書くしかありませんね!」
「あ、手伝わされるの確定なんだ」
「……手伝ってくれないんですか?」
正直、絵は得意な方じゃないし、手伝うにしても少しばかり面倒臭い。
けれど、こんなにも悲しそうな顔をされてしまっては、バチは当たらずとも目覚めが悪くなりそうだった。
「私の責任ですもんね、私一人でなんとか……」
「わかったよ、手伝ってあげ―――――――」
「助かります!」
「食い気味で来ないで、手伝いたく無くなるから」
僕はそう言いながら教室の隅に置いてあった紙を持ってくると、それをピンク髪の彼女に手渡す。
気が変わる前にさっさと作業に取り掛かってしまいたかった。そうすれば最後まで付き合うしかなくなるからね。
「僕は先に零れたペンキを片付けるよ。君は下書きをしておいて」
「私、君って名前じゃないですよぉ!」
「名前知らないから仕方ないじゃん」
「
桃山 萌乃花……桃山……桃山……?覚えようと何度か頭の中で繰り返しているうちに、その名前が何かに引っかかった。
僕の脳内Wikiが過去に聞いたことがあると言っているのである。でも、どこだったか思い出せない。
「―――――――あっ、デバイスで見た人だ」
「デバイス? 生徒検索のことですか?」
「そうそう」
彼女はここに転入してきたばかりの頃、学園デバイスで紅葉が見せた画面に映っていた人だ。
こんなにも印象的な髪色をしているのに、どうしてすぐに思い出せなかったんだろう。
「ていうか、S級だったんだね」
「はい! 私の何が認められたのか分からないですけど」
「僕にも分からないから大丈夫」
「もぉ、そこはフォローするとこじゃないです?」
不満そうにペシペシと背中を叩いてくる萌乃花。手加減を知らないのか、それとも馬鹿力なのか、普通に背中に跡が残りそうなくらい痛かった。
「ところで、今更だけど他に人はいないの?」
「みんな帰りました」
「作業終わってなかったんだよね?」
「そうですけど、あとはこのポスターだけでしたから。私一人で出来るって引き受けちゃったんですよ」
「その結果がこれか」
「……? そんなに見つめないでくださいよぉ♪」
呆れていただけなのに、彼女は「えへへ♪」なんて照れたように笑いながら顔を隠す。
さっきの強引な手伝わせ方もそうだったけど、ポジティブというか馬鹿というか――――――――。
「そう言えば私、昔から不幸体質なんですよね」
「急にどうしたの」
「ペンキ零したので思い出したんです。小さい頃に行った占い屋さんで言われたこと」
「何を言われたの?」
「『お嬢ちゃんの人生には、これから100の不幸が降りかかる』って言われました」
100なんて綺麗な数字な辺りが嘘くさいし、インチキ占い師に騙されたんだろう。
しかし、萌乃花はその言葉を今でも信じているようで、「今回のが17個目ですかね」なんて指を折りながら言った。
「一つ前は車に右足を踏まれましたし、その前はタンスの上から落ちてきたダンボールが右足に……」
「随分と右足が好きな不幸だね」
「でも、奇跡的に無傷で助かりました♪」
「不幸中の幸いの幸い側の割合高くない?」
自転車に轢かれて無傷ならまだ分かるけれど、車に踏まれて無傷はむしろ心配だよ。
というか、よく考えたら今回の不幸って優しめな方だったってことになるのかな。身の危険がないわけだし。
「今回も
「ああ、だからやけにポジティブなんだ」
「生きてさえいれば、いつだって最悪よりも一歩上には居られますから」
「それも占い師の言葉?」
「ふふ、私の言葉ですよ♪」
ドヤっと胸を張って見せる彼女を前に『そう言えば名前教えたっけ?』なんて思いつつも、まあいいやと余計なことは忘れて作業に取り掛かった。
「まあ、話は終わらせてからにしようか」
「そうですね、暗くなると困りますし」
「ちなみになんだけど、元の絵って覚えてるの?」
「……はい?」
「どんな絵を描いてたのかってこと」
「えっと……」
萌乃花の返事はご想像通りだと思う。
その後、彼女には思い出すことに専念してもらい、僕がその曖昧な言葉を何とか絵にするという地獄の作業が3時間続くことになるのであった。
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