第234話

 それから2日が経って迎えた文化祭前日。

 明日は猫カフェになる教室を装飾したり、他の調理担当と協力て材料を調理室へ運んだりした僕は、完成したと喜ぶクラスメイトたちを少し離れた場所から眺めていた。


「では、これにて解散!」

「進行役、お前が先に帰れよ」

「今日、何かやらかされたら困るもんね」

「……ちっ」


 絶対に何か企んでいたであろう彼女を拘束し、ぞろぞろと教室から出ていくみんな。

 紅葉も「お姉ちゃんが勝手に散髪の予約入れてたのよ」と急ぎ足で帰り、残ったのは僕一人だけになった。


「鍵を閉めていかないとね」


 そんな独り言を呟きつつ、教卓の中の鍵を取って廊下に出る。

 しっかり鍵がかかったことを確認してから、職員室へ迎えいがてら他のクラスを覗いてみることにした。


「のえるたそは配膳担当で、お客さんと触れ合う距離にいてもらおう」

「俺も客になりたかったぜ……」

「余計なこと言ってないで、さっさと机動かして!」

「へいへい」

「そっちでサボってる男子も働け!」

「「「……ほーい」」」


 B組は進行役の人の予想通り、ノエルを中心として客集めを行うらしい。のえるたそファンとしては、是非とも料理を運んできてもらいたいね。

 本人は明日の舞台の練習に行っているけれど、しっかり動かしてくれる人がいるみたいだから大丈夫そうだ。


「ゆうこ君、毎日頑張ってくれてありがとう」

「い、いえ! とんでもないです!」

「あと少しだから、僕と一緒に頑張ろうか」

「ひゃい!」


「あかり、その机重いだろ?」

「これくらい平気だよ」

「そういう顔して無理されると心配しちゃうなぁ」

「別に私はそんなにか弱く――――――――」

「今日くらい俺にかっこつけさせてくれよ、な?」

「はぁ、わかったよ」

「さんきゅ!」

「……もう」


 C組はイケメン男子が数名の女子と一緒に仕上げに取り掛かっているらしい。

 一方は少し知的なメガネイケメン、もう一方はスポーツが得意そうな細マッチイケメンだ。

 僕もあんな顔になれたらなと羨ましく思うけれど、実現したとしても自分には使いこなせそうにないから諦めた。


「あれ、D組は誰もいないや」


 扉は空いているものの、どこにも人の姿は見当たらなかった。

 昨日のうちに作業を終わらせたのかとも考えたものの、作りかけの大きなポスターが置いてあるからそれは無いはず。

 そんなことを思いながら通り過ぎようとすると、前からピンク髪の女の子が走ってきた。


「す、すみません! 通りまーす!」


 両手でペンキ缶を抱えている彼女のために道を開けると、「ありがとうございます!」と丁寧にお礼を言ってくれる。

 僕はあの慌てようだと作業が大変なんだろうなと思いつつ、止めていた足を動かし始めた。しかし。


「あぁぁぁぁぁぁっ!」


 何が重いものが床に落ちる音と共に聞こえてきた声に、早足で音の発生源らしきD組の教室へと引き返す。

 そこには先程のピンク髪の女の子の姿があった。床にペタンと座り込み、全身にペンキを飛ばしまくった状態の彼女の姿が。


「ちょっと、大丈夫?」


 慌てて駆け寄って確かめてみた僕は、どこにも怪我はしていないようでホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、床にぶちまけられた黒いペンキ。こちらの掃除はかなり大変そうだった。


「……ん?」


 いや、何かおかしい気がする。さっき教室を覗いた時、この場所にはポスターが置いてあったはずなのだ。確か3分の2くらい色を付けた状態だった。

 そう思って目を凝らしてみれば、黒ペンキの海の中に微かに四角い何かが見えてくる。

 まさかこの子が目を潤ませている理由って、掃除の大変さによるものじゃなくて―――――――。


「ぽ、ポスターが真っ黒になっちゃいましたぁぁ!」


 文化祭前日にして、他クラスのトラブルに巻き込まれてしまう僕であった。

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