第232話

 家に帰った後、とりあえず進行役から貰ってきたレシピを見ながら、紅葉くれはにいくつかのスイーツを作ってもらうことに。

 クッキーにガトーショコラ、それと彼女の鉱物であるミルクレープだ。

 ただ、味見してみた感想はお姉さんも僕もイマイチで、商品にするには改善しなければならない箇所がいくつかある。


「どれも時短レシピだから、短い時間の中で完璧にしないと美味しくならないよ」

「こ、これでも一生懸命やったのに……」

「くーちゃん、レシピ通りにやってできるなら誰も苦労しないの。繰り返し練習して、目で判断できるようにならないとね」

「……はい」


 自分なりに手応えがあった分、厳しい評価に苦い顔をする紅葉。おやつとして食べるなら十分美味しいレベルだけれど、ここは心を鬼にしてあげないとね。


「ミルクレープの生地は分担できるから、他の人にも手伝ってもらおう。練習が必要なのはガトーショコラの方かな」

「どこがダメだったの?」

「舌触りが滑らかじゃない。ホットケーキミックスを混ぜた時、ダマになってたでしょ」

「そう言えば確かに……」

「しっかり混ぜても時間をかけ過ぎると意味が無いからね。ベストなタイミングを判断して、すぐ次の工程に移る必要があるよ」


 僕はもう一度初めから作り直してもらい、混ぜる作業だけは紅葉の手を握って動かしてあげることで感覚を覚えてもらった。


「そろそろいいかな」

「……」

「紅葉、ミキサー止めてくれる?」

「……わ、わかったわ」


 少しぼーっとしていた彼女の頬についた生地の素を拭いとり、「ここからは自分でやってみて」と場所を交代する。

 ここまでやればあとは型に流し込んで焼くだけだから、大失敗するようなことはほとんどないだろう。

 それでも大事な工程であることに変わりはない。焼きすぎも焼かなすぎも、以前の作業を台無しにしてしまうのだから。


「じゃあ、これを刺してみて」


 3分ほど焼いて、一旦取りだしたガトーショコラに爪楊枝を刺してもらう。

 半分ほど沈み込んでから引き抜かれたそれには、生地がくっついてしまっていた。まだ焼ききれていない証拠だ。


「さっき紅葉が作ったのは、この段階で出されてたんだ」

「まだ固まってなかったのね」

「20秒ずつ追加で加熱して、爪楊枝にくっつかなくなったら完成かな」


 とりあえず、ガトーショコラに関しての注意点はこれくらいだろう。

 クッキーの方も焼き過ぎだったから、そこは当日に僕が見張っておけば何とかなるはずだ。


「じゃあ、次はオムライスだね」


 猫カフェでは基本的にスイーツばかりは扱うことになっているのだけれど、お昼時のみオムライスも出すことになっている。

 これに関しては混雑が予想されるため、料理が得意な他の人も同時にやることになっている。

 なので、スイーツ担当の紅葉が必ずしも手伝う必要は無いのだが――――――――――。


『せっかくオムライス担当になったのですから、私が瑛斗えいとさんのお昼ご飯分を作ってあげますね♪』


 そんな麗華れいかの言葉に火がついた紅葉は、『あなたのより私の方が上手に作れるわ』と言ってしまったのだ。


「麗華は相当オムライスが上手だからね」

「確かに海で食べたオムライス、美味しかったわ」


 あの包むタイプではなくて、ライスに乗せてから切れ込みを入れて被せる卵。あのトロッとした焼き加減は、誰にでもできるものでは無い。

 あの完成度を超えるためには、スイーツよりもこっちの方がたくさん練習する必要がありそうだった。


「今日の夜ご飯はオムライスになりそうだね」

「そうね、もしかすると明日も」

「まあ、気にせず練習して。奈々ななのことはちゃんと説得するから」


 それから3日間、東條家と狭間家が毎食オムライスになったのだけれど、その犠牲に見合う成長はしてくれたと思う。

 これでしっかりと麗華に張り合ってくれれば、奈々の言うことを聞いた甲斐もあるんだけどね。


「もうオムライス飽きたよ」

「明日までの我慢だから」

「お兄ちゃんがあーんしてくれたら食べられる気がするなぁ〜♪」

「わかった、今日だけだからね?」

「えへへ♪」

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