第231話

 今日、文化祭1週間前にしてついに文化祭の出し物の大まかな準備が終わった。

 看板にチラシ、飾り付けや猫耳メイド服。これら全てが完璧に整い、あとは行事前日にセットするのみ。

 残る作業は客に提供する食べ物の材料や飲み物の買い出しだけとなった。が、ここで問題が発生する。


「提供したいものはカフェらしくスイーツ。それは前々から決めていました」


 進行役の言葉に、クラスメイトたちは耳を傾けていた。みんな真剣な表情だ。

 既に猫カフェとして準備してしまった以上、他のものに変えることはできない。

 しかし、今になって発覚した問題はその部分の縛りによって、非常に悩ましいものとなっていた。


「スイーツを作るのが得意な人は挙手!」

「「「「「…………」」」」」


 そう、料理ができる人はいても、客に提供できるほどお菓子作りに長けた人はいなかったのである。

 要するに現状を例えるなら、家の外見だけ作って内装に手をつけていない状態。

 こんなのでは誰も踏み入れてはくれないね。そんなことを思いながらぼーっとしていると、案の定隣に移動してきている紅葉くれはがツンツンと突いてきた。


瑛斗えいと、手挙げなさいよ」

「僕は目立つ役をするタイプじゃないから」

「みんな困ってるわよ?」

「なら紅葉が名乗り出なよ」

「私はお菓子なんて作れないもの」

「僕も今作れなくなったかな」

「そんな都合のいい話あるわけないでしょ?!」


 もちろん手助けをしたい気持ちはあるけれど、ぼっち精神が染み込んでいる身としては、あくまで脇役でいたい。

 感謝されるためにやるというのもおかしいし、そもそもF級の僕が手を挙げたところで『低ランクが作るスイーツなんて……』と言われるだけだ。

 だからこそ拒んでいると言うのに、紅葉は強引に手を挙げさせようと引っ張ってくる。


「やめてよ」

「能力を隠すなんてもったいないじゃない」

「僕はそれでいいと思ってるから」

「あなたが手を挙げないと、ホームルームが終わらないから帰れないのよ!」


 グイグイと引っ張る紅葉と、何がなんでも手を挙げたくない僕。

 そんな様子を見兼ねた麗華れいかは、何かを思いついたようににんまりと笑うと、いつもとは少し違う声で「東條とうじょうさん!」と呼んだ。


「ひゃい?!」


 突然名前を呼ばれて驚いた紅葉は、思わずその場で立ち上がってしまう。

 もちろん呼んだ本人でない進行役は、突然声を上げた彼女に驚いたが――――――――――――。


「あ、やってくれるんですね!」


 勝手に間違った解釈を自己完結させて満面の笑みを浮かべた。

 自分はやりたくないと身を潜めていたクラスメイトたちもほっと胸をなで下ろし、英雄紅葉へ向けてパチパチと拍手を送り始める。


「あ、いや、その……」


 彼女もすぐに弁解しようとしたのだけれど、その大きな音と時折聞こえてくるお礼の声、そして期待に満ち溢れた眼差しに気圧されてそのまま座り直してしまった。


「え、瑛斗……」

「僕のせい?」

「そうに決まってるでしょうが!」

「じゃあ、ごめんね」


 どう考えても麗華の方が悪かったと思うけれど、告げ口のようなことをするのも気が引けたので、仕方なく謝っておくことに。


「責任取って手伝いなさいよ!」

「紅葉の助手でいい?」

「まあ、いいわ」

「よし、それならやるよ」


 あくまで自分が主役でなければいい。そういう考え方をしているが故に、僕は『紅葉のお手伝い』をあっさりと引き受けた。

 彼女もひとりじゃなくなったことにほっとしたのか、安堵のため息をつきながら机に突っ伏す。


「スイーツの作り方、ちゃんと教えなさいよ」

「じゃあ、早速材料買って帰ろっか」

「そうね」


 助手をするために教えるなんてな気もするけれど、紅葉もやる気を出してくれてるみたいだしいいかな。


「スイーツ作りだけに、ってね」

「何か言った?」

「ううん、何でもないよ」

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