第230話

「私、プレゼントのこと忘れちゃってて……」


 イヴの言葉にノエルは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに何かを察したように微笑むと妹の頭を優しく撫で始めた。


「つまり、私は勘違いで正解しちゃったわけか」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「いいの。イヴの心配してくれる気持ちだけで、十分すぎるくらい嬉しかったから」


 彼女はそう言いながらクスリと笑うと、「でも……」とイヴの両頬に手を当てて目を合わせる。


「私、やっぱりダイエットはやめられない。でも、イヴの言う通り無理するのは終わりにするね」

「お姉ちゃん……」

「ちゃんと二人の時間も大事にしないといけないから」


 ノエルの言葉に、イヴは倒れるように彼女に抱きつく。そんな仲睦まじい2人を背に、僕は「心配する必要なかったかな」と呟いて玄関の扉を静かに閉めた。

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 あの日から、ノエルが無理なダイエットをすることはなくなったらしい。

 その代わり、数日後にMyTubeに上げられた動画には、活き活きとした彼女の姿が映っていた。


『腹筋運動だけでは痩せらないよ。しっかりとサイドも鍛えないとね♪』


 ダイエットの専門家監修の元、『スキマ時間にできる3分ダイエット』として作られたその動画はぐんぐんと再生回数を伸ばし、1週間後には大食い動画の2倍に達したんだとか。


「お兄ちゃん、また新しい動画上がってるよ!」

「僕は見るだけでいいかな」

「妹に付き合うと思って一緒にやろうよ〜♪」

「筋肉痛まだ治ってないのに……」


 そんな感じで、我が家も再生回数に貢献している。何はともあれ黄冬樹家の問題は全て解決し、文化祭までにはノエルの体重も元に戻っていることだろう。

 つまりは万事が丸く納まったということだ。そしてそんな狭間家の隣人である東條家では。


「どうして私まで付き合わされてるのよ」

「くーちゃん、最近お肉が気になってるって……」

「私の独り言聞いてたの?!」

「ふふ、瑛斗君のためにも痩せないとね♪」

「っ……や、やればいいんでしょ!」


 こちらもまた、姉妹仲良くダイエットに勤しんでいた。

 それから数ヶ月後、ノエルがコンサートホールで3分トレーニングを披露することになるのだけれど、それはまた別のお話。


「イヴ、美味しいね」

「……♪」

「これが豆腐ハンバーグだなんて信じられないよ」

「……」コクコク


 文化祭まで約20日。双子がヘルシーな食材を使った料理にハマり始めるような平穏な日々の裏側で、密かに進められているとんでもない計画のことをまだ誰も知らない。


「うへへ、メイド服の布面積を減らしてやりますよ……」

「君、もう下校時刻はとっくに過ぎてますよ」

「げっ、警備員?!」


 その後、夜中に教室で怪しい作業をしていた進行役と、やけに際どくなったメイド服14着が見つかったらしい。

 まあ、翌朝には普通にみんなからボコボコにされ、自腹で再発注させられたことで解決したけど。


「いい加減大人しくなればいいのにね」

「大人しく出来ないから問題ばかり起こすのよ」

「そうだ、使わなくなったメイド服貰ってこようか」

「瑛斗が着るの?」

「紅葉に着せる」

「…………嫌よ」

「本当は?」

「……2人きりなら」

「決まりだね」


 こちらは特に変わりなく日常が続いてるよ。

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