第229話

 あれから数日後、僕は久しぶりに学校でノエルを見かけた。最後に会った時よりも少し元気がないように見えるけれど、やっぱり何かを隠しているのだろうか。

 そんなことを思いつつ、紅葉くれは麗華れいかが待っている教室へと歩みを早めた僕は、ポケットの中でスマホが震えたことで再度足を止める。


『今日、帰ってくる』


 イヴからのメッセージだ。おそらくノエルから連絡があったのだろう。ならば、約束通り一緒に出迎えなければならない。


『学校が終わったら、校門前に集合しよう』


 そのメッセージに対して、了解の意を示す犬のスタンプが送られてきたのを見て、僕はスマホをポケットにしまった。


「ちゃんと解決させないとね」

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 そして放課後、僕は紅葉に用事があると言って先に教室を出る。彼女もイヴが相談しに来たことを知っているからか、深く追求しやうとはしなかった。


「お待たせ、早く帰ろっか」

「……」コク


 その後は既に門前で待っていたイヴと合流し、早歩きで黄冬樹きふゆぎ家へと向かう。

 ここまで急いでいるのは、イヴにノエルよりも早く家に着いて謝る心の準備をしたいと言われたからだ。しかし―――――――――。


 ガチャッ


 帰った時には、玄関の扉は既に鍵が空いていた。イヴは確かに閉めたとジェスチャーして見せていることから、鍵を開けたのはおそらくノエルだろう。

 こちらはあれだけ急いだと言うのに、どうして先に帰ることが出来たのかは不思議だけれど、考えていても現実が変わるわけではない。

 イヴはドアの前で何度も深呼吸をし、僕に目配せをしてから思い切って家の中へと飛び込んだ。


「っ……お姉ちゃ……?!」


 しかし、その勢いは一歩目で急ブレーキをかけることになる。すぐ目の前で土下座をしているノエルの姿が視界に写ったからだ。

 イヴはその光景に混乱して立ちすくんでいる。どうして謝るべき自分にノエルが謝っているのか。そう思ったのは僕と同じだった。


「イヴ、私が悪かったの。ごめんなさい」

「ど、どうしてお姉ちゃんが謝るの?」


 イヴの「私が自分勝手なことを言ってお姉ちゃんを困らせたから……」という言葉に、ノエルはゆっくりと立ち上がりながら首を横に振る。


「私、イヴに怒られるまですっかり忘れてた。今日がどれだけ大事な日かって」

「……え?」

「用意する時間が惜しかったから、学校も休んでレッスン場から近い事務所に泊まって、何とか昨日の夜に完成させれたんだ」


 困惑するイヴにノエルは、背後に隠していた一枚の紙を差し出した。

 そこに描かれていたのは、お世辞にも上手いとは言えない子供のような絵。でも、イヴとノエルが描かれているのだけは不思議と分かった。


「時間が無くてこんなのしか出来なかったけど、おかげで久しぶりに言える」

「ま、待って……私……」

「イヴ、17.5歳おめでとう♪」


 17.5歳。つまり、3月17日にある誕生日のちょうど半年前を迎えたということ。

 後で聞いた話だけれど、2人は入れ替わりによって仲違いする前は、毎年この日にプレゼントの交換をしていたらしい。

 普通なら祝うことは無いはずのない日なのに、そんなことをしていた理由は2人が双子だからだ。

 2人合わせてぴったり1歳分成長した。イヴがそんなジョークを口にしたことで始まった習慣だったんだとか。


「イヴに『裏切り』って言われて、なんの事を言われてるのかすごく悩んだの」

「……」

「そしたら今日が近いことを思い出して、こんな大事な日を忘れてたなんて信じられないって……」

「……っ」


 ノエルの言葉に、イヴはその場に崩れ落ちる。イヴから事情を聞いていた僕には、その理由が容易に察せた。

 だからこそ、ややこしいことになったと思わず頭を抱えたのである。


「イヴ、大丈夫?!」

「ごめんなさい、お姉ちゃん……」

「ど、どうしたの?」


 イヴの言った『裏切り』という言葉に、意味なんて含まれていないということを知っていたから。


「……酷いのは私だった」

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