第228話

「そういうわけだから、イヴからノエルに伝えてくれる?」


 翌日の昼休み、イヴと一緒にご飯を食べる約束をして中庭で会い、奈々ななの言っていた作戦を伝えたところ、あまりいい反応は返って来なかった。


「何か問題があるの?」

「……」

「もしかしてまだ喧嘩続いてる感じ?」

「……」コク


 それは僕としても困った。お互いに大事に思いあっているはずなのに、少しのすれ違いでここまで根が深くなるなんて。


「…………」カクカクシカジカ

「あれからノエルが帰ってきてないって?」

「…………」カクシカ

「事務所の宿泊施設に泊まってるんだね。野宿じゃないだけ安心だけど」


 だが、聞いていた話だとそこまで酷い喧嘩になるような内容だとは思えなかった。

 僕がダイエットに関心がないからかもしれないけれど、会うことも出来ないなら話し合うことも難しいよね。


「じゃあ、マネージャーの紫波崎しばさきさんに言ってみよう。あの人ならノエルと連絡が取れるかもしれない」

「……」コク

「あの人が作戦を認めてくれれば、ノエルも従ってはくれるだろうし」

「……」シュン

「そんな心配しなくて大丈夫だよ。イヴの気持ちはちゃんと伝わるから」


 それから予鈴がなるまで、僕は「……会いたい」と俯いている彼女の頭を優しく撫で続けた。

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 その日の夜、僕は奈々の了解を得てイヴを我が家の夕食に招いた。

 紫波崎さんからの返事について話し合うというのもあったけれど、第一はノエルの居ない寂しさを紛らわせてもらうためだ。


「イヴ先輩、でいいのかな? お口に合いますか?」

「……」コクコク

「よかったです♪」


 奈々もイヴに敵意がないことを理解しているからか、紅葉くれは麗華れいか相手の時と違ってすごくにこやかにしている。

 弱っている人相手にあんな顔をされたらと心配していたけれど、さすがよく出来た妹で安心したよ。


「まあ、お兄ちゃんの胃袋を鷲掴みする料理ですからね。美味しくないはずがないですけど」

「……」フムフム

「何をメモしてるんですか?」


 彼女の手元を覗き込んでみると、『美味しい料理で仲良し』と書いてあった。やっぱりノエルとのことを考えているのかな。


「そういえば、紫波崎さんの返事はどうだった?」

「……」グッ

「OK貰えたんだね、良かった」


 イヴは自分もほっとしていると言うアピールで額の汗を拭うジェスチャーをした後、手元の紙にスラスラと何かを書いてこちらに見せた。


『ノエルは今やっている用事が終わったら家に帰ると言っているって紫波崎さんが言ってた』


「帰ってくるつもりはあったんだ」

「……」コク

「それなら心配する必要なかったね」

「……♪」


 心做しか元気を取り戻してきたように見えるイヴは、もぐもぐと美味しそうにご飯を食べ続ける。

 それを見て嬉しそうに微笑む奈々の横顔を眺めつつ、僕もおかずをつまんだお箸を口元へと運んだ。


「あれ、よく考えたら――――――――」


 帰ってくる予定があるということは、事務所に泊まっている理由はイヴとの喧嘩ではない可能性が高い。

 彼女には何か別の理由があって、故に泊まった方が都合がいいと判断したのではないだろうか。だって、家出をする子供が『〇日で帰る』なんて予定を立てることなんてないのだから。

 もしかしてだけど、イヴにはバレたくない何かを隠すためなのでは?


「―――――いや、やっぱりなんでもない」

「……?」

「ノエルが帰ってきたらごめんなさいしないとだね」

「……」コク

「僕も一緒に謝ってあげるから」

「……ありがとう」


 彼女は吹き消されそうな声でそう言いながら微笑んだ後、いつも通りの真顔に戻って黙々とご飯を食べ進めた。

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