第227話

「やってみるとは言ったけど、どうすればノエルを止められるのかな」


 夕食中、奈々ななにそう聞いてみると、彼女は口の中のものを飲み込んでからゆっくりと首を横に振った。


「話を聞く限り、ノエル先輩はダイエットのために頑張ってるんでしょ?」

「衣装のサイズが合わなくなると困るらしいね」

「それなら何を言っても止められないよ。諦めるイコール仕事を捨てるってことなんだから」

「やっぱりそうなるのかな」


 ノエルの友達としての僕は、もちろん身体に気を遣って欲しいと思っている。

 でも、のえるたそのファンとしての僕は、彼女の努力を無下にしたくないと言っているのだ。


「無理をせずに痩せられれば、一番いいんだけどね」

「お兄ちゃん、世の中そんなに甘くないよ」

「奈々もそう思うんだ?」

「私だって女の子ですから。寝る前に欠かさず痩せトレーニングしてるもん」

「へぇ、初めて知った」

「女の努力は見えないところでするものなんだよ♪」


 なるほど、さすがA級の妹が言うことは違うね。努力が出来る才能ってのもきっとあるんだろう。


「でも、ノエルはその努力が問題なんだもんね」

「なら、努力の必要を無くせばいいんじゃない?」

「どういうこと?」

「大食いの仕事を無くすんだよ」

「そんなこと、僕たちに出来るわけないでしょ」


 その言葉に「ちっちっちっ」と人差し指を振って見せた奈々は、それをそのまま自分の顔へ向けてにっこりと笑った。


「そもそも、大食いを計画したのは私だよ?」

「それはそうだけど、事務所の不利益になるようなことをノエルがするわけ――――――――」

「お兄ちゃんは頭が固いなぁ。こういう時はね、逆転の発想をするの」

「逆?」

「そう。太ることで利益を得たのなら、次はどうすればいいのか。ここまで言えばわかるよね?」

「…………なるほど」


 初めは何を言ってるのか理解できなかったけれど、全てを繋ぎ合わせれば確かに一本の線になっている。

 努力の必要を無くさせるということは、ノエルを太らないようにするということ。それが大食いの仕事を無くすということに繋がる。

 しかし、それではノエルとしても不利益を考えると頷きづらいままだ。そこを納得させるために利用するのが、太ってきた彼女自身の体なのである。


「これまでの大食いを、痩せトレーニング動画の余興ってことにすればいいんだよ」

「確かにそれなら不利益も無しな上に、新たなファンを獲得出来るかもしれない」

「大食いが無くなれば、レッスンで運動してる先輩が太ることは無いからね。自分もトレーニングをすることになるから、自然と脂肪燃焼効果の方が高くなるってわけ」


 まさに事務所側へも配慮した完璧な作戦だ。我が妹ながら、優秀なブレーン過ぎるね。

 コラボしたいと思っていた人達は悲しむかもしれないけれど、全てはノエルのアイドル道のため。その程度の犠牲は仕方がない。


「奈々、天才だね」

「ふふふ、もっと褒めて!」

「最高の妹だ」

「嫁にしてくれてもいいんだよ?」

「いや、それはいいかな」

「……ちっ」


 少し悪いところもあるけれど、そんなことくらい目を瞑ってあげよう。明日にはイヴにこの作戦を話して、マネージャーさんにも伝えてみるかな。


「嫁は無理だけど、他に何かお願い事があればお兄ちゃんが叶えてあげる」

「え、ほんと?」

「もちろん」

「何でも頼んでいいの?」

「紐無しバンジー以外なら」

「頼むわけないよね?!」


 それくらいなんでも聞くよという意味だったんだけど、普通に怒られてしまった。こんなにも大事に思ってくれる妹を持って、僕は幸せ者だなぁ。

 まあ、そんな可愛い妹からの頼み事を、結局断らざるを得ないことになるんだけど。


「ドロドロ恋愛ドラマの寝起きシーンごっこしよ!」

「却下」

「なんでぇ?!」


 遠回しに言ってるつもりかもしれないけど、普通にアウトライン超えてるからね。

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