第220話

 始業式は滞りなく終了し、担任の綿雨わたあめ先生から「新学期も頑張ってくださいね」と言われてホームルームは終わる。


「帰ろっか」

「そうね」


 紅葉くれはと一緒に教室を出て帰路に着く。学校が始まったからと言って特に会話の内容に変化が出る訳でもないけれど、少し懐かしい気分にはなったね。


「今日、紅葉の家でいい?」

「何か予定なんてあったかしら」

「朝に約束したでしょ」

「……覚えてたのね」


 彼女は短くため息をついた後、「いいわ、決めたことだもの」と言って俯かせた顔を上げる。

 約束というのは『ギャル紅葉』の件のこと。普段はツインテールしか見ないが、一体どんな彼女なりのギャルを作ってくれるのか楽しみだったのだ。


「ところで、ギャルって何なの?」

「知らないの?」

「イメージはあるんだけど、実際どこまでがギャルなのか分からないのよ」

「紅葉の思う範囲でいいけど」

「ならそうさせてもらうわね」


 そう口にした紅葉は、頭の中でイメージを固めているのか、家に着くまで首を捻ったまま一言も話さなかった。


「これは期待出来そうだね」

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「少し待ってて」


 そう言って紅葉が部屋から出て言ってから5分が経過した。出てくるのを躊躇っているのか、それとも準備に手間取っているのか。

 その真偽の知りようはないけれど、僕は彼女ならやっぱりやめたなんて言わないだろうと信じ、ただただベッドの縁に背中を預けて待ち続けた。


『は、入るわよ?』


 それからさらに3分後。廊下から聞こえてくる声に「はーい」と反応すると、深呼吸と咳払いをしてから髪型をサイドテールに変えた紅葉が部屋に入ってきた。


「ちーっす! 紅葉だお♪」


 僕の前に立なりすぐに目元でピースをしながら、いかにもな口調で挨拶をする彼女。

 しっかり心の準備をしてきてくれたのか、完全にギャルのそれになり切れている。


「瑛斗、テンション低くなーい? あたしと一緒にバイブス上げてこうや!」

「チャラ男みたいになってるよ」

「そんなこと気にすんなし。 そんなことよりちょー面白い話していい?」

「あ、それ聞きたい」

「ほんとに面白い話なんだけどさ……あれ、なんだっけ?」

「忘れたの?」

「まあ、忘れるくらいなら大したこと無かったってことっしょ!」


 果たして紅葉のギャルへの認識がこれで合ってるのかは分からないけれど、演じている本人は相当ノリノリらしい。

 「写真撮ろ〜♪」と隣に座って肩を寄せてくるところを見る限り、既に照れは完全に覆い隠されて完全なるギャル紅葉が構築されていた。


「ほら、もっとくっついてよ」

「紅葉、さすがに近い」

「何照れてんの? かわいい〜♪」


 人差し指でからかうようにツンツンと頬を突いてきた彼女は、「ギャルは距離が近いものだし?」なんて言いながらわざとらしく胸を押し付けてくる。


「こんなことしても平気だし?」

「ちょっとやりすぎだよ」

「キスだって毎日のように……」


 明らかに間違ったギャルを演じようとしたところで、僕は紅葉の額に軽くデコピンをして正気に戻してあげた。

 このまま放っておくと、どこまで暴走し続けるか分からないからね。それはそれで気になる気もするけど。


「わ、私今まで……あぅぅ……」

「紅葉はよく頑張ったよ、ありがとう」


 演技の神様に体を乗っ取られていた間、自分がしたことを思い出して顔を真っ赤にする彼女。

 僕がそんな紅葉の頭を優しく撫でてあげるが、彼女自身は中途半端だったことに納得出来ていないらしく、再度「待ってて」と部屋から飛び出していってしまう。


「何だろ、特技でも見せてくれるのかな」


 そんな独り言を呟きつつ、密かに胸を躍らせながら彼女が戻ってくるのをのんびりと待つことにした。

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