第218話

 翌朝、心地よい陽気ですっきりと目を覚ました僕は、みんなで昨晩残した海鮮丼を食べ、部屋の片付けを手伝ってから屋敷を出た。


「それじゃ、今度は学校で」

「はい! また遊びに来てくださいね!」


 元気よく手を振ってくれる麗華に手を振り返しつつ、隣にいる紅葉くれはの方をちらっと見ると、何やらモジモジとしながら俯いている。

 そんな背中を軽く押してあげると、彼女は少し驚いた顔を見せたものの、その意味を理解してトコトコと麗華の前まで歩み寄った。


「た、楽しかったわ」

「それは良かったです」

「また来てあげても……いいわよ……?」

「ふふ、次はもっと難しい脱出ゲームを用意しておきますね♪」

「……それだけは勘弁して」


 2人はお互いに見つめ合うと、どちらからともなくクスクスと笑い始める。そして固い握手を交わした後、紅葉は何も言うことなくくるりと背中を向けて歩き出した。

 僕も「またね」と言い残してから小走りで追いつき、横に並んで歩の速さを揃える。気のせいかもしれないけどけれど、彼女の横顔はどこか満足げに見えた。


「お泊まりって楽しいんだね」

「そうね、なかなかいいものだったわ」

「またみんなでしよっか」

「ええ、高校生のうちにはきっとね」


 紅葉が「答えが出る前に……」と呟いた声は、僕の耳には届かなかった。

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「ただいまー」


 そう声をかけてから我が家へ入ると、何やらリビングの方からドタドタと足音が聞こえてきた。

 一体何だろうと確認しに行こうとした瞬間、中から飛び出してきた奈々に止められてしまう。


「お、おかえりお兄ちゃん!」

「ただいま。他に誰か来てるの?」

「あはは……来てるは来てるかなぁ」

「もしかして彼氏とか?」

「私はお兄ちゃん一途だよ!」


 そう言ってくれる妹の頭を撫でつつ、リビングに入ろうとするも騙されないと言わんばかりにしっかりと防いでくる奈々。

 僕はそんな彼女にお土産と称して、麗華から貰ってきた海鮮丼の入った袋を手渡した。


「……これは?」

「いや、100個も頼む人が家族にいたとはね」

「もしかして動画見たの?!」

「ファンだからね」

「じゃあ、初めから全部知って……」

「そういうことになるかな」


 その返事に恥ずかしさからか、奈々は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 自分の演技や嘘がバレバレな状態で、隠し通せていると勘違いしたまま続けていたのだから、こういう反応になるのも無理はないよね。


「……ごめんなさい」

「謝らなくていいよ、ノエルのおかげで丸く収まったみたいだし」

「うん。でも、ノエル先輩に新しい問題が発生したみたい」

「新しい問題?」


 そう聞き返しながら開けてもらったリビングの扉から中へと入ると、ソファーの上で頭を抱えているノエルの姿が見えた。

 確かに彼女は何かを思い詰めたような表情をしている。もしかして本当に大変なことが起こったのだろうか。


「ノエル、どうしたの?」

「瑛斗くん……うわぁん!」


 ノエルは僕を見つけると泣きついてきた。これは相当深刻な悩みなのだろうと気を引き締め、彼女の背中を優しく撫でながら話を聞く。


「瑛斗くん、もう私の動画見た?」

「見たよ、面白かった」

「ありがと……でもね、あれを公開してすぐに事務所から連絡が来たんだ……」

「勝手なことして怒られた?」

「ううん、その逆。『アイドル以外でも活躍する意思があるのはいいことでございます』って」


 若干声を低くしているあたり、おそらくマネージャーの柴波﨑しばさきさんのモノマネをしたのだろう。あんまり似てないけど。


「それの何が問題なの?」

「あの動画を見た人の中に、MyTubeで人気の大岩喰蔵おおいわくいぞうって人がいたらしくてね」

「最近有名なフードファイターの?」


 大岩喰蔵というのは、仮面とローブで全身を隠し、さらにボイスチェンジャーで声すら不明のMyTubeフードファイターだ。

 正体を隠すためになのかテレビには一切出ず、男か女なのかも分かっていないものの仕草や口調からして男だろうと言われているらしい。


「そうそう。あの人が私のことを気に入ったみたいで、大食い動画コラボのオファーを事務所が勝手にOKしちゃったみたいなんだよね……」

「新学期からいきなり仕事が忙しくなるね」

「それは嬉しいことなんだよ? でも、大食いの内容がちょっとまずいかな」


 ノエルの話によると、動画の内容は今度某有名ファーストフード店のポテト(Lサイズ)を2人で50個食べるんだとか。

 普段は太らないように特別な日にしかそういうものは食べないようにしているらしいけれど、仕事だから手を抜くわけにもいかず―――――――――。


「ダイエット、頑張るしかないよね……」


 のえるたそとしての自分と女の子としての自分が葛藤して、なんとも複雑な悩みを抱えてしまっているのであった。

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