第217話

 麗華れいかの遊びに付き合い初めてから十数分後、彼女らは既に目の色が本気モードに変わっていた。

 自分で言うのもなんだけれど、先に2勝した方が僕と一緒にベッドで寝るというルールが正式なものになったかららしい。


「「叩いて被ってじゃんけんぽん!」」


 何度目のあいこだろうか。こういう反射神経を必要とするゲームにおいて、勝ち負けがはっきりしないあいこは一番集中力を奪う。

 しかし、2人とも瞳を微かに揺らすだけに留め、すぐにまたゲームに集中し始めた。


「「じゃんけんぽん!」」


 次のターンでようやく手の形が別れ、一方はピコピコハンマーを手に取り、もう一方はヘルメットでガードする。

 しかし、次の瞬間には紅葉の体が横へ倒れてしまっていた。叩かれてしまったのだ。


「ぶへつ?!」

「わーい、叩けました♪」

「ちょっと白銀しろかね 麗華れいか?! 横からじゃなくて上から叩くのよ!」

「そうなんですか? でも、ガードの薄いところを攻撃するのは、戦闘における常識ですよね?」

「そういう殺伐としたゲームじゃないから!」

「まあまあ、そんなカッカしないでくださいよ」

「あなたねぇ……」


 紅葉は叩かれて痛む左頬を摩りつつ、「今のはノーカンよ」と2点先取して喜ぶ麗華を制止する。

 彼女は不服そうに頬を膨れさせていたが、僕が「ルールは守らないとね」と言うと素直に聞いてくれた。


「あと、ちゃっかり最初の分も点に入れてるんじゃないわよ」

「あれは私の勝ちと認めてくれたではありませんか」

「別に認めてないわ。あれを本気にすると思うわけないでしょうが」

「仕方ありませんね、勝負は引き分けということにしましょう」

「スポーツマンシップに則れていないあたり、あなたの負けでいいとも思うけど」


 「まあ、私は優しいからそういう事にしといてあげるわ」と言う紅葉に微笑んだ麗華は、彼女へ手招きをしてベットの上に上がらせる。

 2人とも勝負がどうでも良くなってきたらしいね。それならそれで喧嘩も収まるし、僕にとっては良いことづくしなんだけど。


「では、瑛斗えいとさんは二人で半分こということで」

「そうね、それじゃあ私は左側を……」

東條とうじょうさんは上半身、私が下半身でよろしいですね」

「そういう半分?!」

「何か分け方に不満でも?」

「そりゃあるわよ!」

「キスでは不満ということですか」

「そうじゃなくて、瑛斗の下半身に何するつもり?」

「別に何もしませんよ、ふふふ……」

「その笑顔、やっぱり信用出来ないわ」


 紅葉は強引に寝転ばせられた僕の脚に擦り寄ってくる麗華を押し退けると、譲らないとばかりに左腕に強く抱きついてくる。


「右と左で分けるの、異論は認めないわ」

「あら、心臓のある左側だなんて。瑛斗さんのハートを奪ったつもりですか?」

「そ、そういうつもりじゃ……」

「ふふ、冗談ですよ。私だって下半身だけじゃ満足できませんし♪」


 麗華はそう言いながら僕の頬に手を当てて自分の方を向かせると、にっこりと微笑みながら落ち着いた口調で言った。


「今はまだ共有しても構いません。瑛斗さんがどちらかを選んでくれるまでは待ちます。ただ……」

「ただ?」

「……私たち以外を選んだ場合、2人ともを敵に回すということですからね。その点はよく考えていただいた方が良いかと」


 笑顔は笑顔でもどこか違う。背骨を掴んで離してくれないような、そんな恐ろしい何かをその裏に感じるのだ。

 他の人と言えば奈々ななになるのだろうが、そもそも法律的に不可能なのだから念を押すようなことをする必要はないと思うけど――――――。


「瑛斗、返事は?」

「あ、はい」


 紅葉に促されるまま頷いた僕は、絆とは違う何かで結託した2人を交互に見ることしか出来なかった。


「これは私たちだけの勝負だもの」

「邪魔者は共に排除する。そういう同盟でしたからね」


 まあ、特に心配することもないだろうね。恋愛感情が何かを理解できるまでは、僕が異性として誰かに傾くことは無いと思うし。


「そろそろ寝ない?」

「そうね、私も疲れてきちゃった」

「では電気を消しますね」


 麗華がリモコンで照明を落とした瞬間、紅葉の腕に力が入ったのがわかる。

 そんな彼女に小声で「手、握ってあげようか?」と聞くと、返事は返ってこない代わりに小さな両手の温かさが伝わってきた。


「じゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 3人並んでいる状態の居心地がいいからか、それとも聞こえてくる息遣いの安眠効果のおかげか、はたまたベッドがお高い良いやつだからか。

 僕が目を閉じてから夢の国へ旅立つまでほんの数十秒で、気が付けば心地よい朝になっていた。

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