第216話

「す、すごい……」

「僕の部屋の倍以上あるよ」


 麗華れいかの部屋に案内された僕たちの第一声がそれだった。この内装や広さを一言で表すのなら、アニメでよく見る王族の部屋のそれだ。


「もはやお姫様ね……」

「私の中ではこれが普通なのですが?」

「ところどころムカつくわよ」

「あら、心が狭くて困ってしまいます♪」


 紅葉くれははクスクスとわざとらしく笑って見せる彼女をキッと睨みつけるが、当の本人は特に気にする素振りも見せずにせっせと寝る準備を始める。

 そしてキングサイズベッドのシーツを綺麗に整えてから、「よいしょ」と呟きつつその下から1人用の布団を引っ張り出した。


「この広さなら必要ないと思うわよ?」

東條とうじょうさん、3人同じベッドなんて危険だと思いませんか?」

「……まあ、一理あるわね」


 いくら恋愛無関心な瑛斗えいとだと言っても、何が起こるかわからない以上は別々に寝てもらった方が安心よ。

 きっと紅葉はそんなふうに考えたのだろう。しかし、満足そうに頷いた麗華は布団を指さしながら「では、東條さんはこちらに」と微笑んだ。


「……は?」

「だって東條さん、寝相が悪くて落ちてしまっては危ないじゃないですか」

「そっちの危険?!」

「一体どの危険を想像したのですか?」


 ニヤニヤしながらそう聞いてくる彼女に「べ、別に……」とバレバレの誤魔化し方をするも、紅葉は「瑛斗さんに襲われる、なんて考えてたんですね?」と言われると顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「図星みたいですね? でも、それは私にとって危険ではなくチャンスですけど♪」

「そ、そんなことありえないから……」

「ありえないことを想像して照れてるのはどこの誰ですか?」

「っ……」


 痛いところを突かれて押し黙ってしまう彼女。しかし、僕をベッドに引き込もうとするのを見ると、「やっぱりダメ!」と言って麗華の腕を掴んだ。


「まだ何か?」

「私も一緒がいいの」

「それは無理ですよ、諦めてください」

「嫌よ!」


 頬を膨らませて抗議する紅葉は、それでも動じてくれない様子を見て思いついたのか、今度は僕の方を向いて訴えるような視線を飛ばしてくる。

 きっと助けて欲しいって意味なんだろうけど、どちらかに肩入れするのはよくないからなぁ。何か公平に決められるものがあれば―――――――――。


「あ、これで決めればいいんじゃない?」


 ふと部屋の隅に見つけたソレに駆け寄って手に取ってみると、2人はそれぞれ違った反応を見せる。紅葉は不満そうな、麗華は逆にどこか嬉しそうだ。


「それってピコピコハンマーとヘルメットよね?」

「そうみたい。これがあれば叩いて被ってじゃんけんぽんが出来そうだよ」

「いや、そもそもどうしてそんな場違いなものが置いてあるのよ」


 紅葉の純粋な疑問を聞いた麗華が、「お、お父さんが置いていったのでしょう。あはは……」とどこかよそよそしくなる。

 それを見て僕も紅葉も、これらの道具がわざとここに置かれてあったのだと察した。


「遊びたいなら素直にいえばいいのよ」

「べ、別にそういうわけでは……」

「麗華の頼みならいつでも遊ぶよ?」

「だから違うんですってば!」

「隠さなくてもいいわ、付き合ってあげるから」


 そんな2人の優しさに顔を真っ赤にした麗華は、僕の手からピコピコハンマーを奪い取って紅葉のところへ戻ると――――――――――――。


「……私の1勝です」


 ピコッと彼女の頭を叩いて、はにかむように笑って見せたのだった。

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