第214話

 まだお湯にも浸かっていないと言うのに、既にのぼせたように顔を火照らせている紅葉くれはと交代して、今度は麗華れいかの背中を洗い始める。


「気持ちいいですね、これ」

「ならよかったよ」

「まあ、東條とうじょうさんのようにはなりませんけど」


 彼女はそう言いつつ、自ら腕を上げて脇を見せてくれる。どうぞ、やって下さいということだろう。

 その気持ちをくみ取った僕は、指の腹を使って麗華の脇をゴシゴシと洗った。


「っ……」

「どうかな、気持ちいい?」

「ま、まだまだ耐えれる程度ですね……」

「じゃあもっと念入りにやらないと」

「あ、ちょ……ひぅっ?!」


 軽く爪を立てるようにして擦った瞬間、彼女は体をビクッとさせて腕を下ろしてしまう。

 少し刺激が強すぎたのかなと心配する僕に対し、紅葉はにんまりと頬を緩ませながら麗華の脇腹を突いた。


「もうギブアップかしら?」

「そ、そんなわけないじゃないですか」

「無理しなくていいのよ、脇が弱いのは仕方ないことだもの。出来損ないのお嬢様でも恥ずかしいことないわ」

「なっ?! 私はまだ耐えれますよ!」


 やれやれと首を振る姿に日をつけられたのか、麗華は「もっと強くしてください!」と両脇を見せてくる。

 その際に落ちそうになったタオルは紅葉がキャッチし、しっかりと危ない部分は隠し続けてくれた。


「僕は洗ってるだけなんだけどね」

「いいですから、早く!」

「どうなっても知らないよ?」


 念の為そう断ってから、両脇を指先でこちょこちょとしてあげる。

 初めこそ息を止めて堪えていたようだけれど、一度呼吸をすれば集中が途切れて「ぁん……」と甘い声が漏れ始めた。


「っ……っ……」

「麗華、続けても平気?」

「ま、まだまだやれます!」

「わかった、もう手加減しないから」


 その言葉に生唾を飲み込む音がはっきりと聞こえてくる。もう限界が近いことは分かりきっているけれど、ここで情けをかける方が頑張っている彼女に失礼だ。

 僕はそう判断して、全力こちょこちょを繰り出した。どれだけ暴れようともどれだけ泣こうとも、絶対に手を止めたりはしない。


「んぁ……あひっ……うぅ……」

「そろそろギブしたらどうなの?」

「わ、わたひは、あきらめにゃ……ひぅっ?!」


 呼吸をすることすらタイミングが合わず、飲み込めない唾がタイルの上にポタポタと垂れる。

 紅葉が「はしたないお嬢様ね」と呟くのにも反応せず、ただただ腰を反らしたり丸まったりを繰り返していた。そして――――――――――。


「……あっ」


 ピンと足を伸ばすと同時に顔を青ざめさせた麗華は、タイルの上にゴロンと転がってうつ伏せのまま動かなくなってしまう。

 原因は脚への負荷が大きすぎたせいでってしまったことだ。


「あ、脚が……脚がぁ……」

「こういう時はどうしたらいいんだっけ」

「足を伸ばしてあげるって聞いたことあるわ」

「そうしよう」


 僕が頷いて麗華の脚側に移動し、押さえている右足を持ち上げようとすると、麗華は慌てて「た、タオルの中が見えちゃいます!」とそれを拒む。

 しかし、仕方なく交代した紅葉は筋肉を刺激して痛がる様子を楽しみ始めてしまい、そうこうしているうちに治ってきたようで――――――――――。


「……よくもやってくれましたね」

「積年の恨みを返しただけよ」

「最低にも程があります!」

「人を監禁しておいてよく言えるわね」


 風呂場ですらバチバチと喧嘩を始めてしまった2人は、体に巻いたタオルを掴み合いながらどちらからともなくタイルの上へ転げると、お互いに弱点である脇を攻撃する。

 その争いが解決するのは2人が湯冷めし始めた頃で、結局はどちらが正しいと決まることなく3人並んでお湯に浸かることになるのであった。


「2人って本当に仲良いよね」

「「これと? いや、ないない」」

「やっぱり仲良いじゃん」


 本気で言い合える相手っていいと思うし、そんな人に出会えた2人は幸せ者だなぁ。

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