第209話

 漫画喫茶を十分満喫した僕たちは、今度は少し体を動かそうと屋敷内のジムに足を運んだ。

 普段は専属トレーナーがいるらしいが、例によって今日はいない。麗華れいかは僕と紅葉くれはも自由に使っていいと言ってくれた。


「でも、ジムって何をすればいいの?」

「私も行ったことないからわからないわ」

「ぼっちにジムなんて無縁だもんね」

「そうよ、パリピが来る場所だもの」


 「「ねー?」」と頷き合う2人に苦笑いしつつ、麗華は「とりあえず着替えましょうか」と動きやすそうな服を差し出してくれる。


「しっかり運動すれば、健康になれますから」

「別に今でも健康よ」

「右に同じ」

「「ねー?」」

「……運動がしたいと言ったのはお二人ですよね?」


 意見がよく合うところを見せつけられてプツリときたのか、ダークなオーラを放ちながら指をパキパキと鳴らし始める麗華。

 その様子に危機感を感じた僕たちは、「運動したくなってきたかも」「け、健康になりたいわね」なんて言いながらそれぞれ更衣室へと入っていくのだった。


「……まったく、世話が焼ける人たちですね」


 短くため息をついた彼女は、手の中に隠していた『指ポキ出来なくても強そうに見える!』と謳われていた音の鳴る道具をポケットにしまった。

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 2人が着替えを終えて出てくると、麗華は既に着替えを終えていた。さすがジムに慣れているだけあって、着替えも早いんだね。


「それではまずは東條とうじょうさんからやりましょうか」

「トレーニングでいじめるつもり?」

「そんなわけないじゃありませんか〜♪」

「この笑顔、信用出来ないわね」

「私は東條さんのためを思って言ってるんですよ?」

「……わかったわよ、お願いするわ」


 渋々頷く彼女を見てにんまりと頬を緩めた麗華は、どこか誇らしげに胸を張りながら言った。


「麗華、ですよね?」

「っ……言わなきゃダメなの?」

「拒んでも構いませんよ? 瑛斗えいとさん専属になるだけなので♪」

「そ、それはダメよ!」

「ならどうすればいいか分かりますよね?」


 紅葉は心の中では激しく葛藤していたようだが、一瞬だけ僕の方を見るとブンブンと首を横に振って胃を決する。


「れ、麗華コーチ、お願いします……」

「ふふ、よく出来ました♪」

「うぅ、いつか仕返してやるわ……」


 頭をなでなでされて顔を真っ赤にした彼女は、プルプルと震えながらも復讐を決意したのだった。

 そんな2人がウォーミングアップに向かった後、残された僕は言われた通り準備体操をしてからルームランナーに乗ってみる。


「前から使ってみたかったんだよね」


 特段運動がしたいだとか痩せたいという願望はないものの、こういう日常の範疇にない機械は触ってみたくなるもの。

 そんな男子高校生らしい夢が叶った瞬間である。


「とりあえず歩く速さからかな」


 麗華に貰ったアドバイス通り、慣れてきたと思ってから少しずつ速くしていく。

 初めはゆっくり、次は小走りペース、そして最終的には7割程度の力で走るくらいまで上げてみた。

 こういう運動に関しては、いきなりキツいことをしても上手くいかないらしい。余裕のあるレベルのものを長く続けることが大事なんだとか。


「もう少し行けそうかな」


 しかし、僕はその余裕によって苦しめられることになる。ほんのちょっとだけ早くしようと押した瞬間、一度凹んだボタンが返ってこなくなったのだ。

 そのせいでベルトの回転速度は延々と上がり続け、気がつけば僕は全力疾走。

 足を止めれば転んでしまうだろうし、横に飛び退こうにもタイミングが掴めない。

 こんな走り、人生ですることは無いと思っていたけれど、ゲームとかで怪物に追われる人ってきっとこんな感覚なんだろうね。


「そうだ、遅くするボタンを押せばいいんだ!」


 僕は慌てていた頭でようやく思いついた解決法を試してみるが、延々と速度アップされている状態で下げるを押しても、効果が相殺されて数字が止まるだけ。

 その絶望感からか足は自然と止まり、回転していたベルトに乗せられて後ろへと送られた。


(もうダメだ……)


 心の中でそう諦めて、痛みに備えようと目を閉じて後頭部に腕を回した僕は――――――――。


「おわっ?! だ、大丈夫ですか……?」


 柔らかいものに優しく包まれるように受け止められたことで、奇跡的にも無傷で生還したのだった。

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