第207話

 暫しの昼寝を挟んでから目を覚ました僕は、お盆を運んできた麗華れいかに連れられて、日陰に置いてあるイスに腰かけた。

 紅葉くれはは少し前に起きてお盆の上にあるのと同じクッキーを食べていたようで、こっちはお代わりなんだとか。


「あんまり食べすぎると太るよ」

「よ、余計なお世話よ!」

「でも紅葉はもう少し太った方がいいのかな」

「……胸見ながら言わないでもらえる?」


 僕をジト目で睨みつつもやはり気にしているのか、「お姉ちゃんはあんなにあるのに……」と言いながらしょぼんと肩を落とす彼女。


「あくまで一般論だからね。僕は今のままでも十分だと思ってるよ」

「……ほんと?」

「というか胸の大きさなんて気にしないし」

「あなたが気にしてないのは性別でしょうが」

「少しは気にしてるよ。いや、するようになった……って言った方がいいのかな」


 お高そうなクッキーを一枚口元に運びながらそう言うと、紅葉はぽっと顔を赤くして少し俯いた。


「それは……わ、私のせい?」

「違うよ」

「あ、そう……」

「紅葉のだからね」

「も、もう。勘違いさせるような言い方しないで」

「?」


 単に正直な気持ちを伝えただけで、勘違いさせようとした記憶はないんだけどなぁ。

 けれど、彼女がそう受けとったのなら何か言い方が良くなかったのかもしれない。そっぽ向いちゃったし謝っておこうかな。

 僕がそう思って紅葉を振り向かせようとした瞬間、麗華が体を乗り出して視界を遮ってきた。


「2人だけでイチャつくのやめてもらえます?」

「別にそんなことしてないけど」

「してましたよ。それはもう私がいないみたいな雰囲気出しながら」

「何か怒ってる?」

「……別にそんなことありませんけど!」


 言葉とは正反対に、不機嫌そうな顔をぷいっと背けてしまう彼女。こちらも何かややこしい事になっているらしい。


「私だって瑛斗えいとさんのこと好きなんですよ?」

「え、あのキスって本気だったの?」

「そうに決まってるじゃないですか。初めてだったんですから……」


 そう言いながら口元を手で隠す姿に、僕はこれまでの勘違いに気がついた。

 てっきりあれは紅葉をからかうための手段だとばかり思っていたから、麗華に対しては気を遣っていなかったのだ。


「もちろん返事をしろとは言いませんよ? でも、もう少し私にも優しい言葉をかけて欲しいなぁ……なんて」

「ごめん、そうするよ」

「ふふ、冗談ですよ。瑛斗さんは私のわがままにも付き合ってくれましたし、十二分に優しいですからね」


 わがままというのはリアル脱出ゲームのことだろう。結局、付き合ってくれていたのは紅葉の方だった気もするけど。

 まあ、僕も物理的にダメージを食らったからね。相当頑張ったと言っても過言では無いのだろう。


「それにしてもこのクッキー美味しいわね。一体どこが作ってるのかしら」

「それはシェフの手作りですよ。客人が来ると聞いて作っておいてくれたんです」

「シェフがいるの?! やっぱりやばいわね、この家 」


 紅葉はそう言って驚きつつ、ふと気がついたように「でも、使用人なんて一人も見かけてないわよね?」と首を傾げた。

 確かに警備員はここに来て早速見かけたものの、使用人どころか監視カメラで見ていたはずのお父さんすら見かけていない。


「私が今日と明日に休暇を取らせたんです。せっかくのお泊まりなのに、スーツやメイド服が歩いていたら落ち着かないでしょうから」

「気を遣ってくれたんだね、ありがとう」

「いえいえ、これは私のためでもありますし♪」


 麗華は紅葉と僕を交互に見てから、「両親も旅行に行ってもらってるんですよ?」と楽しそうにクスクスと笑った。

 一体何かと不思議に思っていると、彼女は屋敷の端から端までを指しながら堂々と言ってのける。


「つまり、今夜は私たちだけということです!」


 その言葉に僕は意味が分からないままとりあえず頷いておき、紅葉は耳まで真っ赤にして手に取ったばかりのクッキーをそっと皿に戻した。

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