第206話
「……まあ、そういうわけでリアル脱出ゲームに参加してもらったんですよ」
監視カメラで彼女の父親が見ていたというのは予想外だったらしいが、その他は概ね頷けることばかりなんだとか。
「それにしても、初めからバレてたなんてね」
「正直、
「こ、これでも演技の指導は受けたんですよ?」
「それなら才能がないわ、絶望的よ」
裏切り者役の僕から見ても、機材の不調や仮面の付け忘れという凡ミスもあって、むしろ
思い返してみれば紅葉が気付いていないはずもなく、よく騙された振りを続けてくれたと感謝したいくらいだ。
「でも、仕掛け自体は面白かったわ。きっといいアトラクションになるわね」
「……本当ですか?」
「ここで嘘言ってどうするのよ」
素直に褒められたのが嬉しかったのか、「ありがとうございます!」と言って紅葉の手を握る麗華。
そんな光景を微笑ましいなと眺めていた僕は、ふと気になったことを聞いてみた。
「シナリオは紅葉と麗華が戦うことになってたけど、もしも大人しく脱出してたらどうなってたの?」
「その場合は
「それを避けたら?」
「……あくまで執行官が生きている限りは生き延びられないという設定なので、夜中に忍び込んででもトドメを刺すでしょう」
「お、恐ろしいわね」
小刻みに震える紅葉の頭を撫でながら瑛斗が「一番正しい選択をしたんだね」と言うと、彼女は「そうでも無いわよ」と首を横に振る。
「ナイフが偽物だと分かっていても、私は武器を持っていない瑛斗まで殺したんだもの。また牢屋の中に戻ることになるわ」
「確かに。あの時の紅葉は正直怖かったね」
「もしも私を裏切ったら現実になっちゃうかもね?」
ニヤリと笑いながら僕の胸のすこし右寄りを指でつつく彼女。その怪しく細められる瞳を前に恐怖した僕は、小さく頷くことしか出来なかった。
「ふふ、冗談よ」
そう言って手を離した紅葉にホッとため息をつく。しかし、彼女はすぐに距離を詰め直すと、「今は、ね?」とにっこりと微笑んで見せた。
「浮気なんてしたら……」
「しないよ、絶対」
「そうね。私もさせない女になってやるわ」
彼女の真っ直ぐな気持ちに嬉しいと思う反面、その後ろからこちらを見てくる麗華の意地悪な微笑みに、少し怖くなってしまう僕であった。
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その後、少し遅めの昼食を終えた僕たちは、屋敷の裏にあるという広めの庭でくつろぐことにした。
ちょうど日当たりもいい時間帯で、ふかふかとした芝の上に寝転がるとすごく気持ちがいい。
「私も失礼しますね」
麗華はそう断ってから瑛斗の隣に横になり、チラチラと顔を見ながら少しずつ体を寄せてきた。
「わ、私も……」
紅葉の方は少し照れているらしかったけれど、対抗意識に燃えているのかギュッと服を掴んでくる。
そんなに寄ってこられると温かいを通り越して少し暑苦しいけど、拒むのも悪いからと僕はそのまま目を閉じた。
「食べてすぐに寝ると牛になっちゃいますよ?」
「そんなの信じてるなんて案外子供なのね」
「なっ?!
「どういう意味よ!」
温かい陽気、さわやかな風、寝心地のいい芝、そして喧嘩をする声。
僕はうつらうつらとする意識の中、「小さくても紅葉にはいいところがあるよ」と言って彼女を宥める。
「た、例えば?」
「えっと、紅葉のいいところはね」
「私のいいところは……?」
「いいところは……すぅ……すぅ……」
「ちょっと、言ってから寝なさいよ!」
しかし、眠気に耐えられずに寝落ちてしまった。体を揺すられるものの目を開く気になれず、ゆっくりと意識が芝に吸い取られていく。
「眠くなるくらい思いつかないってことですね」
「そ、そういうことなの……?」
最後に聞こえたのは、そんな紅葉の不安そうな呟きだった。
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