第202話

 何はともあれ脱出に向けて動くことは必須。そう考えた紅葉くれは瑛斗えいとと互いの牢屋の状況を教え合うと、改めて一通り見回してみる。


「よく見てみると、壁に5cmくらいの亀裂があるのよね。でも中は見えないわ」

「何か仕掛けがあるんじゃない? こっちにも壊せそうな壁があるよ」

「あら、そう? ならハンマーを送るわね」


 そう言ってダクトからハンマーを滑らせると、しっかりと向こう側まで届いたようで「ありがとう」という声が返ってきた。

 瑛斗が壁を壊す音は、発泡スチロールを粉々にしているように聞こえたけれど、とりあえず「何かあった?」と聞いておく。


「スイッチがあったよ」

「押してみてもらえる?」

「わかった」


 彼がそういった数秒後、どこからともなくカチカチカチと時計の針の音が聞こえてきた。

 一体何の音かと首を傾げている間にそれは止まり、また静かな時間が流れる。


「今の音、タイマー式なのかもね」

「タイマー式?」

「その音が鳴ってる間に、他にもなにかしないといけないんだよ」

「なるほど、そういうことね」


 紅葉は心の中で『ヒント出しすぎよ』とツッコミつつ、自分の牢屋の中でいじれそうなものを探した。

 瑛斗がスイッチを押すのなら、わざわざ収容者を2人にしたところから、もう1つのギミックはこちら側にある。彼女はそう考えたのだ。


「……まさか!」


 ふと何かに気がついた紅葉は、壁の亀裂を観察してみる。はっきりとは見えないものの、その形は奥に行くほど細くなっていた。


「瑛斗、ロープみたいなものは無い?」

「釣り糸ならあるよ」

「それをこっちに送って」


 彼女は受け取った釣り糸の長さを確認すると、自分側にあった針金を力ずくで折り曲げたものをその先に括り付ける。簡易的な鉤縄かぎなわの完成だ。


「これを引っ掛ければ……」


 そう言いながら檻の傍にたった紅葉。見据える先にあるのは、ソイツが廊下に放り捨てて置きっぱなしになったおもちゃのナイフだ。

 彼女は何度かそれ目掛けて鉤縄を投げ、上手く引っ掛かったところで慎重に手繰り寄せる。

 あともう少し……あともう少し……。そう自分を急かしつつようやく手が届く距離になって拾いあげようとした瞬間、紅葉の目の前に人影が立ち塞がった。


「何をしているんダナ?」

「……ひっ?!」


 マント姿の足元を見てソイツだと確信した紅葉は、わざと驚いた振りをしようとして本当にびっくりしてしまう。

 だってソイツが仮面を付け忘れて、黒ずくめの白銀しろかね 麗華れいかとして現れていたから。


「あ、目にゴミが! 顔を見てやろうと思ったのに見えないわ!」

「顔? ……はっ?!」


 わざとらしく俯きながら目を擦ると、自分のミスに気が付いた白銀 麗華は慌てて仮面を取りに戻り、少し息を切らした状態で再度現れた。

 紅葉もその隙にナイフを拾えそうではあったものの、何かしらのイベントなのだろうとしっかり待機しておく。


「はぁはぁ……とにかくこのナイフは使っていけないんダナ」

「それがないと脱出出来ないじゃない」

「これは脱出に必要ないんダナ」


 ソイツはそう言ってナイフをポケットにしまうと、またも暗闇へと消えていく。

 紅葉はその背中を見つめながら、『別に使えるものがあるはずよ』と心の中で呟いた。


「……そうよ! ハンマーを貸して!」


 彼女は瑛斗からハンマーを受け取ると、先程取り外したダクトの蓋へ目を向ける。

 この蓋、薄い金属でできている上に、中央の板のようになっている部分があえて簡単に壊れそうな作りになっているのだ。


「よし、外れたわ」


 予想通り金属の板を入手出来た紅葉はそれをさらに叩き続け、ナイフのように尖った形状へと変化させていく。

 完成したそれをもって立ち上がり、瑛斗にもう一度ボタンを押してもらってから亀裂に差し込んでみれば、壁の一部が90度回転して新たな空間が現れた。


「最初の謎は解けたみたいね」


 それでもまだまだ手間のかかりそうな目の前の光景に、紅葉はセルフで肩を揉みながらため息をつくのであった。

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