第200話
連行されてから30分後、冷たい石床の上で目を覚ました
どこにも窓が見当たらないところを見るに、ここはおそらく地下だろう。彼女はそう判断すると、とりあえず硬い床のせいで痛む腰と肩を解した。
「どうせすぐ迎えに来るわよ」
少しくらいのは不安だったが、壁に取り付けてある松明型の明かりのおかげで何とか正気は保てている。
そんな紅葉が大丈夫だと自分に言い聞かせているところへ、廊下の奥の方から足音が聞こえてきた。
「
期待からそう名前を呼んでしまうが、暗闇の中から現れたのは彼ではなかった。
黒いマントとくちばしのついた仮面を身につけ、やや猫背なままこちらに歩いてきたソイツは、牢屋の前で足を止めて紅葉のことをじっと見つめる。
「だ、誰?」
「……ようこそ、ここはワタシの地下牢なんダナ」
ボソッと呟かれた声がやけに無機質なのは、ボイスチェンジャーを使っているからだろう。
不気味な仮面に黒魔術師のような服装。誰の目から見ても中の人間が異常であることは明らかだった。
「それにしても、やけに小さな獲物ダナ」
「はぁ?! 誰の胸が小さいですって?」
「いや、胸じゃなくて背丈の話をなんダナ」
「どっちにしても殴るわよ?!」
「……話を進めるんダナ」
檻を掴んで暴れる紅葉にため息をついたソイツは、彼女に「ダナダナうるさいわよ!」と言われるのも無視して本題へと切替える。
「ええ、
「……は?」
「天井を見ればわかるんダナ」
そう言われて見上げてみれば、そこには隙間なく銀色の刃が生えていた。あんなもの、確かに先程までは無かったはず……。
「その刃はワタシがボタンを押せば落ちてくるんダナ。避ける術もなく死ぬんダナ」
「あんなの偽物に決まってるわ」
「……そう言うと思ったんダナ」
ソイツは仮面の中でケタケタと笑いながらボタンを押すと、一本だけ檻の傍に落ちてきたナイフを拾った。そして――――――――――。
「本物なんダナ♪」
「ひっ?!」
紅葉はソイツの行動に思わず悲鳴をあげてしまう。だって、ソイツは彼女の目の前でナイフを自分の太ももに突き刺したのだから。
「ホンモノ、なんダナ」
そう言いながら引っこ抜いた部分からは赤い液体が溢れ出し、それは石の床に広がっていく。
そこまでしてもなお平然としている目の前のソイツが、紅葉にはバケモノにしか見えなかった。
「う、嘘……嘘よそんなの!」
「違うんダナ、本当に死ぬんダナ」
「どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
「ククク、けれど死なずに済む方法もあるんダナ」
その言葉に紅葉が「教えなさいよ!」と食いつくと、ソイツは愉しそうに笑ってから「脱出ゲームなんダナ♪」と声を弾ませる。
「30分後、ナイフの雨が降るんダナ。それまでに牢屋から出られたら、生きて帰れるんダナ」
「脱出……って言われても、この檻に扉なんてないじゃない」
「入ったのなら必ず出口があるんダナ」
「あ、ちょっ、どこ行くのよ!」
「せいぜい頑張るんダナ〜♪」
ソイツはそう言い残すと、赤く染ったナイフを廊下に投げ捨てて暗闇の中へと消えてしまった。
残された紅葉は一度牢屋の中をぐるりと回してから、深いため息をこぼす。
「こういうのは苦手なのよ……」
そう呟きつつ部屋の隅にある監視カメラに背を向けた彼女は、心底呆れたような表情をしていた。
「さっきの、
おそらくこれは、彼女が考えたいたずらかドッキリなのだろう。
ナイフを突き刺した時も暗さで見えづらかったものの、衣服に穴が空いている様子はなかった。
ナイフも刺すと刃部分が引っ込むようになっているおもちゃで、あの演出をするには赤い液体を服の下に用意しておけばいい。
「でも、きっと瑛斗も関わってるわよね。すぐに指摘したら瑛斗の出番が無くなって……」
紅葉は彼が悪役を演じている姿を想像して首を横に振ると、ぎゅっと拳を握りしめながら心の中で宣言するのであった。
(私、完全に騙された演技をしてみせるわ!)
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