第198話

「……ここが白銀しろかね 麗華れいかの家?」

「そうですよ」

「で、でかいわね……」

「そうですか? 私にとってはこれが普通なのでよく分かりませんけど」


 そう言いながら首を傾げる麗華。そんな彼女の目の前には大きな鉄製の門があり、その向こうには広々とした庭が見える。

 僕と紅葉はお泊まりをしましょうと誘われて来たのだけれど、一般的な『家』とは違いすぎるそれに後ずさりしていた。


「もはや御屋敷じゃない!」

「平民はそう呼ぶそうですね?」

「上から目線なんて性格悪いわよ」

「ごめんなさい、背丈のせいで下にしか見れなくて」

「あ、あなたねぇ……!」


 まだ敷地内にも入っていないと言うのに、もうバチバチし始める2人を僕は「まあまあ、落ち着いて」と宥める。

 せっかくの思い出作りなんだから、彼女たちにも楽しいものにして欲しいよ。


「とりあえず中に入りましょう、庭を抜けるのも少し苦労しそうですし」


 麗華が意味深な表情でそう言いながら歩み寄ると、見計らったように大きな門が自動で開いていく。

 まるで住人の帰りを察知したかのようなタイミングだ。どこかにカメラかセンサーでも付いているのだろうか。


「さあ、瑛斗えいとさん。行きましょう!」


 彼女は僕の背中を押しながら門を潜り、その後ろから紅葉が追いかけてくる。

 敷地に踏み込んでから左に曲がり、突き当たりを右に曲がったところで、麗華は楽しそうに微笑んで足を止めた。


「これは?」

「ふふ、迷路園ですよ」


 四角く刈られた植木の壁。その中央に開いた幅1mほどの入口から中を覗き込んでみると、確かに右と左に道が続いているのが見える。


「お父さんがこういう遊び心が好きなんです」

「家に出入りする度にここを通るってこと?」

「そうなりますね」

「……あなたの父親、変わった趣味してるわね」


 追いついてきた紅葉の言葉には反応しないまま、麗華はポケットから取り出したスマホを入口の横にある機械にかざした。


「この迷路は防犯システムなんです。こうしてスマホを認証させると、客人の情報が屋敷内の管理室に送られるんですよ」

「へぇ、すごいね」

「ここで認証していないと、屋敷に入るための再認証が拒否されるので、忘れないようにして下さいね」


 彼女はそう言いながら迷路に入ると、瑛斗と紅葉にもスマホを出すように言う。

 瑛斗はすぐに認証を済ませたものの、紅葉はかざそうとしてふと何かに気づいたように手を止めた。


「待って、客人の情報が送られるのよね?」

「そうですが?」

「スマホをかざすだけで、どうやってその使用者の個人情報を知るのよ」


 その言葉に麗華は「なかなか勘がいいですね?」と微笑むと、紅葉の手首を掴んで強引に認証を終わらせてしまう。


「もちろんハッキングです♪」

「なっ?! そんなの許されると思ってるの?」

「抜き取るのはその端末の製品番号と検索履歴だけですから」

「ど、どうして検索履歴なのよ」

「それがこれから分かるんじゃないですか」


 彼女が得意げに自分のスマホを振って見せると、同時に『迷路案内サービス』というアカウントからメッセージが届いた。

 それは僕と紅葉の端末にも届き、開いてみると目の前にある迷路の進む手順が書かれてある。ただ、どうやら人によって内容が少し違うらしかった。


「僕と麗華は右、右、右だよ」

「私だけ最後が左。どうして?」

「それはゴールしてからのお楽しみですよ♪」


 2人は麗華に促されるまま、それぞれに与えられたルート通りに迷路を抜けていく。

 最後の分かれ道で紅葉とは別行動になり、僕たちはそのまま何事も無く迷路エリアを抜けることが出来た。


「あれ、紅葉は?」

「ふふふ、そろそろ出てくるかと」


 麗華がそう言った直後、僕が出てきたのとは別の出口から紅葉が飛び出してくる。

 一体何をそんなに焦っているのかと不思議に思ったが、追いかけるようにして姿を現したソイツを見て納得した。


「た、助けてぇぇぇ!」


 彼女は獰猛どうもうなトイプードルたちに襲われていたのである。


「麗華、あれは?」

「防犯システムです♪」

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