第197話

 夏休みの終わりをカウントダウンする時期の中高生は、大きく3つの部類に分けられる。


 休み序盤に宿題を終わらせていて、新学期の訪れに期待と寂しさを感じる者。

 中盤あたりから宿題をやり始め、そろそろ終わりそうだという達成感をひしひしと感じている者。

 そしてもうひとつが――――――――――――。


「宿題忘れてたぁぁぁ!」


 学生の運命であるはずの宿題を忘却し続け、気付いた時には手遅れになっていた者である。

 それに当てはまるのが僕の妹の奈々ななだ。


「お兄ちゃん、どうしよう?!」

「いつもはちゃんと計画的にやってたのにね」

「好きな人とひとつ屋根の下にいて、勉強に身なんて入るかい!」


 彼女は「まあ、保健体育の実技なら二つの意味で入りそうだけど」なんて頬を赤らめ、「いや、そんな場合じゃないよ!」と再度慌て始めた。


「一生のお願いだから手伝って!」

「それは出来ない。宿題は自分でやらなきゃ」

「ノエル先輩のは昨日も手伝いに行ってたのに!」

「あれは状況が特殊だからね」


 ただの女子高生の宿題と、人気アイドルの宿題を同じ価値だと思ったら大間違いだよ。

 ノエルに足りないのは時間、奈々に足りないのはやる気なんだから。


「何でもするから!」

「……」

「この通りです!」


 ついには土下座までして頼み込んでくる始末。一般論として断ったものの、妹にこんな格好までさせるのはいい兄とは言えないだろう。

 僕は胸が痛むのを感じると、奈々の隣にしゃがみこんで背中を優しく撫でてあげた。


「お兄ちゃん、助けてくれるの?」

「もちろん。でも今回だけだからね」

「わかってるよ〜♪」


 嬉しそうに微笑む妹に、僕も思わず頬が緩んでしまう。こんな顔が見られるなら、いくらでも助けになってあげたいと思えるね。

 まあ、『なんでもする』に関しては何か困った時にでも使うことにしようかな。

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「こんちゃー!」

「お、お邪魔します……」


 そう言いながら家に上がる2人に、奈々は「げっ」と渋い表情を見せた。

 それもそのはず。一人はカナだからなんてことないが、もう一人がかつて睨みをきかせた相手である風紀委員の凜音りんねなのだから。


「どうして不法侵入女がここに?」

「私はお兄さんに呼ばれて来たんです、変なあだ名付けないでください!」

「お兄ちゃん、なんでこんなの呼んだの?!」


 とりあえずぷりぷりしている奈々を宥めるために、僕はこの2人も宿題が終わっていないということを伝えた。

 それから3人で手伝えばすぐに終わるだろうと提案し、あとは本人たちの判断に任せることにする。


「私はいいよ〜? 早く終わるならその分、瑛斗えいと先輩と遊べるから!」


 カナだけは初めから乗り気だが、やはり奈々と凜音はお互いの出方を伺っているらしかった。

 ただ、利害が一致しているのは確かなのだ。2人もそれを理解しているからこそ、やがて睨み合うのをやめて手を取り合った。


「3人で課題という壁を乗り越えよう」

「そうですね、助け合えば難しくは無いです」

「そう来なくっちゃね〜♪」


 それぞれどの教科を担当するかを決めながら部屋へ向かう3人に、僕は上級生として心の中でエールを送る。

 これを機に奈々と凜音が仲を深めてくれたなら、それはとても素晴らしいことだろうからね。


「あれ、麗華れいかから連絡が来てる」


 リビングのソファーに座ってスマホを取り出すと、着信履歴が残っているのに気がついた。

 電話をかけ直すと3コール目で麗華の『もしもし』と言う声が聞こえ、僕はすぐに用件を聞く。


「どうかしたの?」

『瑛斗さん、明日って暇ですか?』

「暇な日しかないね」

『ふふ、冗談はいいですよ』


 電話の向こうでクスクスと笑ってくれる彼女。紅葉に同じことを言ったら、いつも悲しい目を向けられるのになぁ。


『夏休みも終わっちゃいますし、最後にお泊まりでもどうかなと。東條とうじょうさんも誘ってもらって構いませんよ』

「お泊まりって麗華の家で?」

『はい! お友達って感じで楽しそうですよね!』


 確かに紅葉の家に泊めてもらったのは成り行きだったから、遊びとして友達の家に泊まるというのは経験したことがない。

 それに僕はまだ麗華の家を見た事もなく、少し興味が湧いていた。


「せっかくだから、紅葉と一緒にお邪魔せてもらうよ」

『本当ですか? なら、明日の昼頃に待ち合わせましょう!』

「わかった、楽しみにしてる」


 詳しいことはメッセージで話すことにして電話を切る。紅葉にお泊まりのことを伝えると、すぐ『行くわ』という返事が返ってきた。


「紅葉も乗り気だね」


 夏休みも残り3日。ここからもうひと波乱あるとは、夢にも思っていなかった。

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