第194話

「っ……離して」


 そう言いながら一度振り返った紅葉くれはは、自分の涙に気がついて顔を背けた。

 けれど、僕はちゃんと今の気持ちを知ってもらいたくて、強引に彼女の体を引き寄せる。


「紅葉、これだけは知ってて欲しい。僕は告白してくれて嬉しかったんだ」

「……」


 熱を込めた言葉に抵抗することをやめてくれた紅葉に、僕は目線の高さを合わせながら指で涙を拭ってあげた。


「不安なら毎日この部屋に来て、ずっと僕から離れてくれなくてもいい。他の女の子と話してるのが嫌なら邪魔しても構わない。だからそんな顔しないでよ」


 彼女が辛そうな顔を見せると、僕も同じだけ胸が苦しくなる。早く答えを出してあげられずに、ずっと引き止め続けている自分が嫌になるのだ。

 だから、出来る限り紅葉には自由にさせてあげたい。今回のようなことがあったとしても、その時は僕が諭してあげれば大丈夫だろうから。


「ほ、本当に離れないわよ?」

「今までとあんまり変わらない気もするけどね」

「……うっさい」


 ぷいっと拗ねたように顔を背けた彼女は、少しして僕の手を掴んでくると、恥ずかしそうに「……好きよ」と呟く。

 紅葉にとって今できる精一杯の愛情表現だ。


「お兄ちゃん、宿題手伝っ……て、今日もいたんですか」


 突然ノート片手に部屋に入ってきた奈々ななは、紅葉の姿を見つけると深いため息をつく。


「わ、悪い?」

「別に。でも、少し近過ぎますね」


 奈々はそう言いながら僕たちを引き離そうとするも、紅葉は無理矢理腕を解かれると、途端に目を潤ませ始めた。


「うぅ……離れたくないのぉ……」

「わ、私の知ってる紅葉先輩じゃない?!」

「好きなんだもん! 大好きなんだもん!」


 彼女はじたばたと暴れると、強引に束縛から抜け出して僕へ抱きついてくる。

 胸に顔を埋めたり、頬ずりをしてきたり。やたら甘えてくる彼女に、僕と奈々は思わず首を傾げた。


「お兄ちゃん、先輩変じゃない?」

「僕もそう思ったところだよ」


 いくら一緒にいていいと言ったからって、ここまで正直になれるものなのだろうか。

 思い返してみれば紅葉が自分から服をめくろうとしたり、惚けたような目をしていたことも気になる。

 恋心は人を変えるとは聞いたことがあるけれど、それとは別に似たような現象を起こす物がそれとなく思い当たった。


「もしかして、これかもしれない」

「……チョコレート?」


 僕はベッドの上に置かれたままの箱を手に取ってみた。これは紅葉が自分の家から持ってきて食べていたものだ。

 確かお姉ちゃんから貰ったものだと言っていたような気がする。

 味や材料の説明が書いてある紙を広げて見てみると、やはり既に残っていないチョコのいくつかにお酒が入っていたことが分かった。


「知らずに食べて酔っ払ってたんだね」

「チョコの中のお酒だけで?」

「これ、大人用のチョコだからね。未成年は食べない方がいいやつだよ」


 アルコール成分が1%未満なのと、飲み物では無いのとで食べても法律に抵触はしないが――――。


「うへへ、瑛斗のパンツだぁ♥」

「奈々は気をつけてね」

「わ、わかった……」


 クローゼットから取り出したパンツを見ながら、楽しそうにニヤニヤしている紅葉の変わり様を見れば、その恐ろしさを理解するのは難しくないらしい。


「じゃあ、家まで送ってくるよ」


 僕はそう言ってチョコレートの箱片手に紅葉を抱きかかえると、若干引いた目をしている奈々に見送られながら部屋を出たのであった。

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