第193話

「夏休みもついに最後の週だね」

『ようやく昼間に1人でのんびりできるぜ(裏声)』

「僕が邪魔者みたいじゃん」

『人類を滅ぼす計画が進められないからな(裏声)』


 ベランダでサボテンくんに水やりをしながらそんなことを言っていると、僕の部屋のベッドに寝転がっていた紅葉くれはが呆れたようにため息をついた。


「まだその遊びしてるのね」

『小娘、まずはお前から消してやるぜ(裏声)』

「前と口調変わりすぎよ。変な水でも飲ませたの?」

『これが俺様の真の姿だぜ!(裏声)』

「サボテンは黙ってて。私は瑛斗えいとと話したいの」

『……はい(裏声)』


 僕は仕方なくサボテンくんを持って部屋の中へ戻ると、定位置に飾り直してから紅葉へと目を向ける。


「で、何か私に言うことはないの?」

「言うこと?」

「今の状況を見て、思ったことを言ってみて」


 そう言って見上げてくる紅葉は、ベッドにうつ伏せになりながら、チョコレートを頬張りつつ小説を読んでいる。

 そんな様子を見て、僕が「毎日入り浸られても困る」と言うと、彼女は「そうじゃないわよ!」と本をパタリと閉じた。


「忘れてるかもしれないけど、私S級なのよ? そんな女の子が自分のベッドに寝転んでて、何も思わないわけ?」

「少しだらしないね」

「どうしてそうなるの?!」


 不満そうな顔をした紅葉はゴロンと仰向けになると、自分の今日の服装を確認しながら「色気が足りないのかしら……」と呟く。


「紅葉は僕に何を求めてるの?」

「そ、それは……言わせないで」

「教えてくれないと分からないよ」

「っ……」


 僕の言葉を聞いて下唇を噛み締めた彼女は、ショートパンツで露出している太ももをモジモジと擦り合わせた。


「わ、私、告白の返事はいいって言ったじゃない?」

「そうだね」

「でも、白銀しろかね 麗華れいかの動きを見てから怖くなっちゃったの」


 紅葉は不安そうにTシャツの裾をぎゅっと掴みながらこちらを見上げてくる。


「もしも強引に迫られて既成事実でも作られたらどうしようって。だ、だから……!」


 そのままプルプルと震える手で、ゆっくりとTシャツをめくっていく彼女。しかし、Tシャツは下着が見える寸前で止まってしまった。

 思い切ろうとしているのは伝わってきたものの、羞恥心がそれより先に進むことを拒ませたらしい。


「私が先に作っちゃえば―――――――っ?!」


 紅葉が本心からそうしたいと思っているわけじゃないことは、体の震えと瞑った瞳から分かった。

 だから、僕は彼女をベッドから起き上がらせると、その小さな体が壊れてしまいそうなほど強く抱き締めたのだ。


「え、瑛斗……?」

「ごめんね、不安にさせて」

「……じゃあ、安心させてくれる?」


 期待したように赤らんだ顔で見上げてくる紅葉に、僕は正直考えてしまった。

 けれど、やはり出せる答えはこれしかない。


「それは出来ない」

「……私じゃ満足出来ないわよね」

「そういう意味じゃないよ。僕の中で恋愛の答えが出てからにしたいんだ」


 心の中にあるモヤモヤが紅葉に対する恋愛感情じゃなかったと分かってからでは、僕は彼女に対して責任を取ることが出来ない。

 友達として大切だからこそ、傷つけるだけ傷つけて逃げるなんてことは絶対にしたくないのだ。


「……そうよね、瑛斗はそういう人間だもの」


 僕の言葉にしばらく落ち込んだ顔をしていた紅葉は、やがて「私、焦りすぎてどうかしてたわ」と体を起こした。

 けれど、僕にはその笑顔が作り物にしか見えなくて、すぐにでもこの部屋から逃げ出そうとする彼女を引き止めてしまう。


「っ……離して」


 振り返った紅葉の涙を見た時、僕は胸にチクリと刺すような痛みを感じた。

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