第192話

 紅葉くれは麗華れいかがポッキーゲームなるものを瑛斗えいとに迫ったその日のこと。


「……」ジー

「イヴ、何してるの?」


 黄冬樹きふゆぎ家のリビングにて、イヴとノエルは久しぶりに休日を一緒に過ごしていた。

 イヴが手に持っているのは、前に瑛斗の家に行った時に本棚で見かけた漫画『青春の檸檬爆弾レモネード・ラプソディ』。

 高校生男女カップルの変わった日常がコメディチックに描かれたもので、女好きの彼氏が他の女の子にデレデレしていると、嫉妬深い彼女がレモン型の手榴弾を投げつけてくるシーンでお馴染みだ。


「……」チラッ

「どうかした?」


 漫画と自分の顔とを交互に見てくるイヴに、ノエルは不思議そうに首を傾げる。

 彼女が漫画を覗き込んでみると、ちょうど男女がポッキーゲームをしているシーンだった。


「イヴもそういうことに興味あるの?」

「……」コク

「それは大切な人とすることだから、イヴも良い人が見つかるといいね」


 ノエルはそう言って妹の頭を優しく撫でると、「トイレに行ってくる」とソファーから立ち上がる。

 しかし、何を思ったのかイヴは彼女の腕を掴むと、グイッと自分の方へ引き寄せたのだ。


「っ……い、イヴ?」

「……」ジー

「私、トイレに行きたいんだけど……」

「……」フリフリ


 彼女言葉に首を横に振ったイヴは、先程まで漫画を読みながら食べていたプリッツを手に取ると、それをノエルの目の前で振って見せる。


「い、イヴが何を考えてるのかはわかるけど、考え直して欲しいかな」

「……?」

「だって、双子でこんなことするなんて変でしょ?」

「……私はそうは思わないけど」

「っ……?!」


 淡々と声を発したイヴは動揺しているノエルをソファーに押し倒すと、綺麗な金髪を撫でながら愛おしそうに言った。


「大切な人は友達よりも大事な人。瑛斗や紅葉ちゃんは友達、お姉ちゃんは大切な人」

「い、言い方が悪かったのかな? これは愛し合う男女がするものなの!」

「愛し合う同性には出来ないってこと?」

「センシティブな時代に配慮が足りなかったね。同性でも愛さえあればしていいよ」


 アイドルとして舞台に立つ以上、同性愛者の人々を除け者にするような発言は、そういう意図がなくとも気を付けた方がいい。

 ノエルが心の中で反省していると、いつの間にかプリッツを口に咥えたイヴが顔を近付けて来ていた。


「同性でも出来るなら私たちも」

「それはダメだよ?!」

「……私とお姉ちゃんには愛がないってこと?」

「ち、違う違う! イヴのことは大好きだけど……ああ、なんて言えば……」


 相変わらず無表情に変わりはないものの、どこか悲しそうに見える顔に胸がチクリと痛む。

 しかし、だからと言ってポッキーゲームまがいなことを許してしまうのも、愛しの妹に誤った認識をさせることになるわけで―――――――――。


「……」

「んぅ、ダメだってばぁ……」


 初めて見たポッキーゲームによほど興味津々なのか、嫌がるノエルを気にする素振りも見せずプリッツを押し込んでくるイヴ。

 押さえつけられている上にトイレを我慢しているせいで力を入れられず、ノエルは『妹とならノーカン』と言い聞かせて諦めていた。


「……」

「……ん?」


 しかし、いくら待ってもイヴが近付いてくる様子はない。どうしたのかと困惑しているうちに、彼女は何もしないまま抜き取ってしまう。


「……思ってたより楽しくない」


 イヴはそう言いながらプリッツをもぐもぐと食べ、それ以外は何も言わずに部屋から出ていってしまう。

 ホッと安心する反面、思考が追いついてないノエルは、ふと机の上に置かれた漫画を手に取ってみた。


「あ、そういうことね」


 首を傾げながらページを捲ってみて、彼女はようやくイヴの奇怪な行動を理解する。

 この漫画、ポッキーを両側から咥えるシーンは描かれているものの、次の場面では2人がポッキーを犬のように口で引っ張り合っているのだ。

 つまり、ポッキーゲームが何かを知らないイヴには、ただ両側から咥えて引っ張るだけの遊びに見えたということ。


「これがギャグ漫画で助かったよ……」


 過ぎ去った危機に胸を撫で下ろしたノエルは、すぐに訪れた膀胱ぼうこうの危機に勢いよく起き上がる。


「っ……そうだ、トイレ我慢してたんだった!」


 その後、慌ててリビングを飛び出したノエルは、既に鍵の閉まっているトイレの前でしばらく苦しむことになったそうだ。


「い、イヴ……早く出てぇ……」

『今、ちょうどいいところだから』

「トイレで漫画読まないでよ?!」

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