第195話
「――――そういうわけです」
僕が
『謝ったわけだし、ここから出してくれない?』
「ダメです、今回ばかりは許せません」
『なんで?! くーちゃんが素直になりたいって言うから、あのチョコをプレゼントしたのに!』
「それが問題だって言ってるんですよ」
お姉さんを庭の物置に閉じ込めておいた僕は、「
しばらくはじたばたと暴れる音が聞こえてきたものの、やがて諦めたのか静かになった。
飲み物とうちわはちゃんと置いておいたし、しばらくは放置していても大丈夫だろう。
「すぅ……すぅ……」
リビングのソファーに寝かせておいた紅葉は既に寝息を立てていた。僕は彼女の体を抱え上げると、2階の自室へ運んでベッドに横にならせてあげる。
髪をまとめているゴムを外し、机の上のクシで軽くといてからお腹までしっかりと布団をかけた。
「これであとは待つだけかな」
紅葉の顔色は悪くないし、目が覚める頃にはいつも通りの様子に戻ってくれているはずだ。
僕は他にやることがないのを確認してから、彼女の頭を優しく撫でてあげる。
「素直な紅葉も好きだけど、焦らなくて大丈夫だよ」
今はまだ聞こえていないだろうけれど、起きた時にはちゃんと目を見て伝えてあげよう。
そう思いながら何度か撫でていると、紅葉の寝息につられてか段々と眠くなってきてしまった。
「少しだけ寝ようかな……」
今日は気付かないうちに疲れていたのかもしれない。
僕はどんどん引きずり込まれていく眠気に抗うことが出来ず、ベッドにもたれかかったまま寝落ちてしまったのだった。
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「……ん、あれ?」
瑛斗が寝落ちてから30分後、目を覚ました紅葉はいつの間にか自室に戻ってきていることに首を傾げた。
しかし、自分の頭に触れている大きな手のひらの主に気が付くと、記憶が途切れる寸前の出来事を思い出して顔が熱くなる。
「わ、私……瑛斗の前で服を……」
Tシャツをたくし上げたところまでは覚えているものの、紅葉は一体どこまで見せたのかを覚えていなかった。
「ま、まさか全部?!」
あの時はずっと頭がふわふわしていて、抑えたいはずの気持ちの制御が出来なかったのだ。
けれど、口にしたのは全部本心で間違いない。だから、あの後自分が瑛斗とどうなっていようと不思議ではなかった。
「もしかして、したの……?」
慌てて自分の腹部に触れてみるも、特に違和感を感じたりはしない。もしも何かされたのなら、形跡のひとつくらい残るだろうし……。
「って、ありえないわよね。瑛斗だもの」
結局は異性に興味なんてない彼のことだから、こちらがいくらアピールしようとも『風邪引くよ』と服を着せ直させるくらいだろう。
時間を確認しても最後の記憶からそう経ってはいなかった。この間に何かをして部屋まで運んできたと考えるのは無理がある。紅葉はそう思い直してため息をついた。
「私はこんなにも好きなのに」
頭を撫でてくれていたであろう手を掴み、彼女は自分の頬に押し付ける。瑛斗の温もりが直に伝わってきて、すごく幸せな気持ちになれた。
「ふふ、随分と可愛い寝顔ね」
彼の頬をツンツンとつついてみるも、熟睡しているようで起きる気配はない。
そう分かった瞬間、紅葉は心臓がドクンと強く脈打つのを感じた。いけないことをしようとしている時の鼓動である。
「……いえ、ダメよ」
無意識のうちに近付けていた顔を慌てて引き戻し、何度か深呼吸をして心を落ち着かせた。
寝ている間にキスをするなんて卑怯、ちゃんと相手が拒める時にしないと……。
紅葉は心の中でそう呟いたものの、やはり好きという気持ちが抑えられない。
「そもそも出会ってすぐに頭を撫でようとしてきたような男よ? ハグくらいしてもバチは当たらないわよね」
自分に言い聞かせるように口に出しつつ、ベッドから降りて瑛斗の後ろ側に回り込む。
自分のよりもずっと大きな背中を前にすると、ドキドキと安心感との矛盾した二つが混ざり合って、躊躇うことなく抱きついていた。
「んふふ♪」
ギュッと抱きしめた時の程よい大きさが、微かに伝わってくる心臓の音が、鼻腔をくすぐる匂いが。全部が大好きで思わず笑みがこぼれてしまった。
「え、瑛斗……すき」
恥ずかしそうにそう呟いて、背中に顔を埋める紅葉。そんな彼女が、実は瑛斗が既に起きているということを知るのはもう少しあとの話である。
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