第188話

紅葉くれは先輩が居なくなった?!」


 必死に駆け回っていたイヴちゃんにそう聞いた私は、迷うことなく捜索に加わった。

 雨にもうたれて、こんなことなら浴衣なんて選ぶんじゃなかったと後悔しつつも、視線だけはずっと見覚えのある顔を探し続けている。


「……見つからない」

「……」シュン

「くーちゃん、どこに行っちゃったの」


 それでも紅葉先輩は見つからず、仕方なくイヴちゃんとお姉さんに合流した。兄にも確認しようと電話をしたけれど、何故か出てくれない。


「まさか、お兄ちゃんにも何かあったんじゃ……」


 一度そう感じてしまうと思考は後戻り出来なくて、兄が探していたエリア内を必死に走り回った。

 それでも見つからず、悲しさからか悔しさからか分からないまま流れる涙を拭った時、ふと気がつく。


「茂みに人の通った跡が……」


 密集している草の一部分だけが、まるで獣道のように踏み締められた痕跡があるのだ。

 少し奥を覗いてみると、見覚えのあるスマホも落ちていた。兄が持っていたものだ。


「この奥にお兄ちゃんと紅葉先輩がいるの?」


 私はスマホを拾い上げると、お姉さんに声をかけることも忘れて奥へと進み始める。

 草が目に入りそうになったり、枝が足にかすり傷を作ったりしたけれど、それでも歩みを止めなかった。

 もしもこの先に2人がいるのなら、早く見つけなければ手遅れに―――――――――――。


「っ……!」


 ――――――――――――なってしまった。


「こういう意味よ」


 茂みを抜けた瞬間に広がった空間の中心、神社のような建物の中で2人がキスをしているのを見てしまったから。


「……紅葉、これは?」

「私は瑛斗えいとが好き。ずっと好きだったの」

「でも僕は―――――――――」

「わかってる、恋愛感情が分からないから付き合えないんでしょ?」

「……うん」


 無意識のうちに茂みの中に隠れた私は、悪いと分かっていながらも聞き耳を立てずにはいられなかった。


「今は返事をもらえなくていいわ。気持ちを知っていて欲しかっただけだから」

「ありがとう、嬉しいよ」


 紅葉先輩の望む返事が出来なかったことへのお詫びなのか、兄はその小さな体を優しく抱きしめる。

 幸せそうな顔の先輩を見ていると、私は以前から持っていた考えを自然と心の中で撤回した。


(今の紅葉先輩はもう雑魚じゃない。気持ちを口に出来なかった彼女とは違うんだ……)


「その代わり、もしも断ったらどうなるか分かってるわよね?」

「どうなるの?」

「ふふ……初キスをあげたんだから、一生私のために働いてもらうわ」

「それじゃ、僕に逃げ道なんてないじゃん」


 困ったように呟く兄に、紅葉先輩がクスクスと笑いながら「逃がすつもりが無いもの。断らせるつもりもね?」と言ったのを聞いて、無言で2人に背を向けて歩き出す。


「……来なきゃ良かった、お祭りなんて」


 段々と近づいてくる花火の中止をお知らせするアナウンスに、「ざまぁみろ」と弱々しく呟いた。

 こんな日に花火なんて打ち上げられたら、きっとその音に隠れて泣いてしまうから。


「もう、夏の暑さのせいにするしかないかな……」


 私はそんな独り言を零してからイヴちゃんたちへ駆け寄ると、何気ない顔で「あそこ怪しくない?」と出てきたばかりの茂みを指差した。

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